4 火葬

文字数 2,673文字

 土曜日は、朝から小雨が降っていた。
 白川動物霊園は、県西部の山の麓、マンションから車で一時間くらいのところにある。早めに八時半頃、後ろの座席にロムの入ったバスケットを置き、その横に妻が座った車でマンションを出た。
 
「雨、ずっと降るのかな」妻が運転席の後ろで小声で言った。
「お昼過ぎには止むみたいだよ」と私が応えると、妻はバックミラーに映る私の目を見ながら言った。
「ペットはもういいかな」
 私も頷いた。
 
 マンションから四十分ほどで山裾を流れる白川沿いの県道に出た。ナビに従い、県道をそこから北へ五分くらい走ったところを左折し、白川を渡り山へ向かう道路に入ると、雨脚は強くなった。
 道路は、沢沿いの台地の端を上っていて、右側に野菜畑が続いていたが、しばらく行くとそれもなくなり、森林の中に入っていった。さらに五百メートルほど進んだところに白川動物霊園の看板があり、左折の矢印に従い、沢筋の方へ急な角度で下りていく脇道に入った。
 脇道は舗装され、幅自体も五、六メートルくらいありそうだったが、両側から広葉樹などの雑木が迫っていて、垂れ下がっている枝もあり、決して走りやすい道ではなかった。所々に霊園の方向を指す矢印があった。ナビの示す道路だが、矢印がなければ道を間違えていないか不安になるようなところだった。
 雨で前が良く見えない中、カーブも多く、スピードをかなり落として進んでいくと、やや傾斜が緩くなったところで、道の真ん中に突然大きなケヤキの木が現れ、それを挟んで道路は、同じ幅くらいの二つに分かれていた。矢印はなくナビの指示もない中、左側の道に入った。
「大丈夫なの?」
「この地形で道路をずっと二本通す余裕はないから、たぶんまた一緒になるんじゃないかな」
 そのまま進むと、案の定、右から合流してくる道があった。
「やっぱりどっちを選んでも同じだから矢印がなかったんだ」と思った。

 その後、道路はまた傾斜がきつくなった。雨脚も一層強さを増し、ライトを付け慎重に車を進めた。やがて道路は一気に三十メートルほど下り、音を立て流れる沢に架けられた狭い橋を渡った。そして、それまでと打って変わり、平坦な広がりを大きく左側にカーブするように進んだ後、道路は反対側の斜面を上り始めた。
 雨の勢いが弱まってきたのか、前方も少し明るくなり、しばらく進むと木々が途切れた一角にきた。その先に白川動物霊園はあった。
 
    ※
 霊園は、緩い斜面を切り開いた場所に造られていた。
 道路から一段下がったところに駐車場があり、さらに二メートルほど下がった南側の開けた場所に霊園の建物は立っていた。雨で周りの森林が暗い中、薄くなり始めた雲を通して日の光が届く建物は、ホームページにあった写真より白く、新しい感じがした。
予約の時間より早かったので、私が先に受付が可能かどうか聞いてくることにした。車を降りて近づくと、建物はコンクリート造りの二階建て、右側に沿うような形で煙突が二本立っていて、デザインに少し古さを感じるものの、壁や窓枠はきれいに塗り直されており、最近改装工事をしたのだと思った。

 建物に入り声をかけると、右側のカウンターの奥にあるガラス戸が開き、白いシャツに青いカーディガンを羽織った女性が出てきた。
「十時にお願いしている者です。ちょっと早いのですが、もう受付してもらえますか?」
 女性は、戸惑った表情でカウンターの書類を確認し、
「ご予約をお受けしていないようなのですが、どちら様でしょうか? いつお話をいただきましたか?」と言った。
 私は、一瞬、「え?」となったが、名前を伝え、続けて言った。
「今週の火曜日に、電話で今日十時からの予約をお願いしました。遅い時間だったのですが、女性の方に対応してもらいました」
「それは、母かもしれません。 ……今、不在で確認できませんが、処理をちゃんとしていなかったのかもしれません」
 女性は、謝りの言葉を口にした後、
「今日の午前中は、予約が入っておりませんので、もし三十分ほど待っていただけるのであれば対応できますが?」と言った。
 私は、お願いすることとし、用紙に必要事項を記入した後、車に戻り、妻に顛末を伝えた。妻は、今日火葬してもらえると聞き、ホッとしたようだった。

 少し経った後、年式の古そうな軽トラックがスピードを出して駐車場に入り、そのまま建物の右側奥まで進み止まった。そして車から作業着姿の男性が現れ、急いで建物に入っていった。
「急遽呼ばれた火葬炉の担当者かな?」と思った。
 しばらくして女性が迎えに来た。まだ恐縮している女性に対し、私は、
「自分がハッキリ言わなかったのかもしれません」と言い、対応してもらえることへの感謝を口にした。
 入口を入り、カウンターを過ぎて右に曲がった突き当たりの部屋に火葬炉はあった。そこには、軽トラックの男性が黒服に着替えて待っていた。気がつくと女性もカーディガンを黒い上着に替えていた。
 右奥の祭壇にロムの入ったバスケットを置き、私と妻、霊園の二人が線香をあげた。その後、男性がバスケットを台車の上に移し、台車を炉に入れ、火葬が始まった。
 
 一時間くらいかかるとのことだったので、案内された応接室に妻を残し、私は建物の中を見て回った。少し古さは感じるが、どこもきれいに管理されていた。建物の入口側にある階段を上ると、途中の踊り場の窓から南側斜面に沿って墓石が並ぶ墓地が見えた。二階には納骨室があり、棚には骨壺やそれぞれの「思い出の品」などが置かれていた。ホームページの写真では埋まっているように見えた墓地や棚も、まだ余裕があるようだった。
 応接室に戻り、妻の横のソファーに腰を下ろした。
「もう少しかかるみたい」と私は言い、妻は目を閉じたまま頷いた。
 
 しばらくして準備が整ったとの知らせがあった。
 炉の前の台車の上に、小さな白いものが並んでいた。係の男性の説明を聞きながら、まだ暖かいロムの骨を二人で拾っていった。
 
    ※
 帰りの車では、妻はいつものように助手席に座り、膝の上の白い袋に入った骨壺を抱え、雨粒のついた窓の向こうの木々を見ていた。
 雨は小降りになっていたが、道は、朝とは逆の長く続く上り坂で慎重に運転した。来るとき、道が合流してきたところでは、通らなかったほうを選んで進んだ。ケヤキの木のところで朝来た道と一緒になっていたので、
「やっぱり、どちらでも良かったんだ」と思った。
 
 妻は、「終わったね」と言い、骨壺を胸に引き寄せながら、
「まだ少し暖かい」と呟いた。
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