1 予約

文字数 1,376文字

 動物病院から電話が来た。
「ロムちゃんが心肺停止状態になってしまいました。今、先生が蘇生に努めていますが、すぐいらしていただけないでしょうか?」
 妻と病院に駆けつけると、これまで入ったことのない処置室に案内された。そこでは午後七時過ぎにも関わらず看護師ら三、四人が囲む中、院長がロムに心臓マッサージをしていた。

    ※
 ロムは十五年以上前から飼ってきた雄猫。ロシアンブルーの特徴なのか、あまり鳴き声を上げることはなく、イタズラなども殆どしない猫だった。もっともイタズラをしないほうは、ロシアンブルーというよりロムの個性のようだった。料理をテーブルに並べていても手を出すことはなく、爪で家具やカーテンをぼろぼろにするようなこともなかった。
 ここ数年は病気がちで抵抗する力がなくなってきたのか、体を触らせてくれるようになったが、それまでは甘えてくることも少なく、少し物足りなさを感じる一方で、たまに甘えてくると一層いとおしく思える、そんな猫だった。

 ロムは、一週間くらい前から嘔吐を繰り返すようになり入院していた。胆管と十二指腸の結合部の炎症が胃の出口まで広がっていて、胃に胃液が溜まり食べられない状態だという。
 妻と相談し、院長には、
「高齢なので体に負担をかけるような治療はやりたくない。苦痛を感じさせないことを第一に」とお願いしていた。
 
    ※
 私たちも心臓マッサージを四、五分見ていたが、院長の目を見て何回か頷き、院長も苦しげな表情を見せながら手を止めた。
 重苦しい雰囲気の中、院長やスタッフの人たちと、こういう時のやりとりを交わし、ロムを車に乗せ、自宅のあるマンションに向かった。サイドミラーには、照明の消えた病院の前で頭を下げている院長と看護師の姿があった。

 自宅に入り、いつも寝ているバスケットにロムを寝かせ、お気に入りのクマの縫いぐるみを脇に置き、妻がタオルケットをかけた。
「もう何日かで誕生日を迎えられたのにね……」
「よくここまで頑張ったよ」
 平均寿命が猫の中で短いと言われるロシアンブルーとしては、ロムは長生きしたほうだ。ここ数年は、膀胱にできた腫瘍の摘出とその後の抗がん剤治療などのため病院通いが続いていた。よく頑張ったと思う。
 
 ロムの顔を眺めながら、しばらく話をした後で、
「火葬して供養しよう」と私が言った。
 妻も頷いた。
 インターネットでペットの火葬をしてくれる施設を検索した。県内にもいくつかある中で「白川動物霊園」は、規模が大きく、建物は少し古そうだが、棚が一杯となった納骨室や墓石が立ち並んでいる写真もあって、四十年以上続いてきた霊園で安心だと思い、頼むことにした。
 もう午後十時を過ぎていたが「二十四時間受付」とあったので、電話をかけると、どこかに転送したような音の後に、
「お電話ありがとうございます。白川動物霊園です」とゆっくり原稿を読んでいるような年配の女性の声が流れた。
 録音メッセージかと思い、続きの再生を待ったが何もなかったので、少し間をおいて
「火葬の予約をお願いしたいのですが?」と私が話すと反応があり、録音ではなく生身の女性が対応してくれていることがわかった。

 四日後の土曜日午前十時の火葬を予約した。もっと早いほうが良かったのだが、私の仕事が立て込んでいて週末までどうしても時間が取れなかったのだ。
 
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