第6話 受験料を詐欺られて☆

文字数 2,955文字

ついに受験日が来た。

エミリーが窓を開けると、通りにはすでに受験生らしき子たちが歩き始めていた。

メアリと共に会場へと向かう。

試験会場は一時間前から入ることが出来る。

「かなり早めに着いたけど、もう相当来てるね。何人くらい居るんだろう」

「昔はもっと多かったと聞きます」

エミリーは会場の雰囲気にのまれそうになり、メアリの手をぎゅっと握った。

この日のために村からここまでやってきたのだ。

歩いて来た通りを振り返ると、店先に黒い旗が風に揺れていた。

「あの旗は昨日は無かったよね」

「ええ。試験日は大戦の鎮魂記念日ですから。聖女が亡くなった日でもあります」

陰鬱な雰囲気が街に流れている気がする。

赤レンガの建物の入り口で女学生が受付をしていた。

「試験会場内へは魔法具の持ち込みは禁止されています。保管庫はあちらです」

「わ、わかりましたです。じゃあ行ってきます」

「エミリー、私はここで。受験の支払いもしないといけないし」

エミリーは違和感を感じた。

「支払い?メアリはまだ支払ってなかったの?」

「え?」

エミリーは革袋から『支払い済み証』を取り出した。

今度は受付の女学生がいぶかしげな顔をした。

「受験料は小金貨三枚です。今から頂く事になってますが」

「もう払ったです。だって学生さんに払うならわしだって聞いて……」

メアリは不安そうに女学生とエミリーの顔を見比べて言った。

「エミリーさんもしかして」

受付の女性は次々訪れる生徒の対応に移っった。

「すみませんが、ここで立ち止まられると迷惑ですので、一度出て頂けませんか。支払ったあなたは早く中に」

早口でそう告げられた。

「ご、ごめんなさい。メアリ、頑張ってね」

メアリは少し青ざめた顔でエミリーを振り返りつつ、試験会場へ入って行った。

茫然自失で門の外で立ちつくしているとヘビの杖が声をあげた。

「おい!しっかりしろ!」

エミリーの目から大粒の涙がこぼれ出た。

「騙されたんだよあの野郎に!泣くな!」

「だって、ヘビさん。もうお金ないよ。パパが一生懸命働いたお金なんだ」

泣くなと言われても涙は止まらない。

「それを少しずつ少しずつ貯めてやっと……。そうだ!ヘビさんすごい杖なんでしょ?お金、お金を魔法で出して貸してくれない?」

「バカ。そんなこと出来るわけないだろ」

「うわーん!」

受験生たちは泣き声をあげるエミリーを横目に足早に通り過ぎていく。

「しかし参ったな。俺はお前のお守を仰せつかってるんだ。何かあったらカマドにくべるとか言われてるし」

「マミ姉はそんなひどいことしないよ」

「お前はあいつのヤバさを知らないからそんな事言えるんだ。確かに詐欺を見破れなかった俺も悪いな。どうしたもんかね」

(受験も出来ず、お金も失って、どんな顔で村に帰ったら良いんだろう)

このままじゃ終われない。

「だ、誰かにお金を貸してもらおう」

受験生を見まわしたが、声をかけられるような雰囲気では無い。

だが躊躇していられない。覚悟を決めた時、杖は言った。

「いや、待てよ。そうか。方法がひとつある」

「ええっ。さすがヘビさん!」

「エミリー耳を貸せ。そして受付まで戻るんだ」

受験生が並んでいる。

エミリーは受付の女学生に足早に近付いた。

「あの」

「なんでしょう」

露骨に嫌な顔をされたが気にしている時間はない。

「このあたりに質屋はないですか」

「ちょっとあなた、非常識ですよ」

「お願い!」

「警備!」

警備の騎士が近付いてきた。

白い鎧に長剣を帯びている。エミリーの倍もありそうな身長だ。

(わわ。どうしよう。怖い)

騎士はエミリーの肩をポンと叩いて言った。

「質屋ならそこの裏通りにあるぞ。大きな酒場のとなりだ。いそげ」

「あ、ありがとう!」


エミリーは全力で駆けだした。

「ヘビさんが魔法でこう、何とかしてくれるのかと思った」

「どんな世界でも魔法の前に現実がある。現実が。覚えておけ」

酒場が見えて来た。

あれだろうか。『音楽の都』という看板が目をひく。

酒場の前では、鮮やかな服に身を包んだ女性が掃除をしていた。

「お姉さん!質屋ってどこです?」

「ああ、そこの路地に入った二軒目の青い扉だよ」

「ありがとう!」

その扉はすぐに見つかった。だが鍵がかかっている。

「閉まってる……」

さっきの酒場の女性が追いかけて来て言った。

「こんな時間には開いてないよ。夜更けまでやってて寝てるはず。私も今から寝るし」

「ええええ!」

エミリーは扉を強く叩いた。

「開けて!お願いです!」

女性はちょっと驚いたようで、エミリーをいさめた。

「やめなよ。夕方おいで」

「今お金がどうしても要るんです!」

「うん?お姉さんが貸してあげようか?」

エミリーは躍り上がって喜んだ。

「本当に?」

「いくらよ」

「小金貨三枚」

「それは今すぐには無理だね」

落胆と同時に質屋の扉が開いた。エミリーは顔を輝かせた。

中から顔をのぞかせた質屋の主人は不機嫌そうだ。

「今の音は嬢ちゃんかい。勘弁してくれよ」

「あの、その」

ヘビの杖は即座に言った。

「俺を質にして、この子に小金貨三枚貸してやってくれ」

主人は少なからず驚いたようだ。

「ほほう。これはまた面白そうな杖だ。この商売は長いが、はじめてみる」

「こっちは急いでるんだ早くしろ!」

質屋はエミリーの顔をチラリと見て、気が変わらないうちにと、小金貨を3枚持って戻ってきた。

「ほらよ」

「ありがとう!じゃあヘビさんまたあとでね!」

「この俺が物置きから質屋に並ぶ日が来るとは……」

急がねば。エミリーは涙を袖でぬぐった。

(泣いてる場合じゃない。絶対に試験に合格して、杖も取り戻さないと)


受け付けはもう片づけをはじめていた。

「ちょっと待って!」

「またあなたですか」

「ここに」

小金貨を三枚置いた。

「もうダメです。試験は始まりました。来年来てください」

「そんな……」

エミリーは目の前が真っ暗になった。

「銀貨10枚もつけるからお願い」

「はあ?」

押し問答と懇願を繰り返していると、先ほどの警備の男が近付いてきた。

「この忙しい時間に騒いだお嬢ちゃんも悪いが……」

「あなたは黙ってて」

「問題用紙を配布するのは、もうしばらく後だろう。配布されるまでは入室出来るはずだ。甲式魔術学校ならともかく、丙式は庶民のための学校だろう。門前払いはよくない」

受付の女性は騎士を睨んでいたが、大きなため息をついて言った。

「何か言われたらあなたが全部やったと言いますからね」

「どうぞどうぞ」

固唾をのんで見守っていたエミリーに騎士は言った。

「ほら、急いで。でも静かに入室しなさい」

「ありがとう、おじさん!」

エミリーは足早に試験会場へ向かった。

「俺、おじさんに見えるのか……」


                     (つづく) 
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