第2話 私の道☆

文字数 6,018文字

「ただいまパパ。キノコスープを作ったよ。マミ姉とキノコ狩りに行ったんだ。パンにあうよ」

「おかえり。これはおいしそうだな。いただくよ」

エミリーの父は大工だが、大工らしい家を建てる仕事はほぼない。

刃物の研ぎから鍋の補修までなんでもやる便利屋のようなものだ。

「勉強の調子はどうだい」

「うーん。呪文がなかなか覚えられないの」

「まあパパの子だから暗記は苦手かもな。計算はどう?パパは掛け算なら得意だったぞ」

「うーん。得意じゃないかも」

「……そかそか。なんでも続けていくことが一番大事だ。焦らずにやるんだぞ」

「うん」

「突き詰めたら好きな事しか人間は続けることが出来ないからな。エミリーは何が好きなんだ」

「えーと。え、笑顔かな?」

エミリーは下を向いてはにかんだ。

「好きな科目を聞いたんだがな。まあ、笑顔は大事だな……」

娘が受験勉強をしたいと言い出した時は驚きつつも嬉しかった。

自分が子供の頃は全く勉強など興味がなかったからだ。

この狭い村で生きていくならば、ルーンの詠唱より、もの作りだ。

(ひょっとして、俺に似ず、賢い子なのかもしれない)

翌日、さっそく娘の気が変わらないうちに掛け算を教えてみた。

飽き性まで遺伝していたらおしまいだからだ。

一日取り組んでみたが、肉親だと甘えが出てしまうのか、うまくいかない。

結局マミに相談をした。

「勉強?少しくらいなら。でも受験勉強の経験はないので自信はないけど」

正直なところ、マミが字を書いているところなど、一度も見た事がない。

(頼んでも大丈夫だろうか)

辺境の村では受験の情報も少ないうえに、選択肢もない。

「どのみち、俺には無理だ。それなりの礼を出すから娘の師になってくれないか」

「礼だなんて。こっちこそ、少しは恩が返せそうで嬉しいよ」

あの日、森で倒れていたマミを妻が連れ帰ったのは20年ほど前の話だ。

考えてみたら長い付き合いだ。


パンにつけつつ、スープを全て平らげた。

エミリーは嬉しそうだった。

父にはひとつだけ懸念がある。

娘の学習場所に暮らすあの二人。

特に、あの角の生えた中年は怪しい。

最初のうちは、せいぜい数泊で立ち去るものとばかり思っていた。

マミが受け入れたまま時が経ってしまい、村人との間にトラブルもないが……。

やはり隣家の自分が責任をもってしっかりと聞いておくべきなのだろう。

(こういうの苦手なんだよ。気が進まねえなあ……)

ずっと先延ばしにし続けるわけにはいかない。

翌朝、父はエミリーとマミの家を訪ねた。

「おう。おはよう」

「おはよ-。あら珍しい。二人して」

「あー。その、なんだ。いつも娘が世話になってるのでこれを飯にでも使ってくれ」

昨日獲り、腸抜きをしてある大きな鴨だ。

受け取ると振り返って、姿勢よく座る男どもにマミは声をかけた。

「良いものもらっちゃった。今日はごちそうだね!」

老騎士は満足そうに言った。

「すまんのう。鴨はわしの好物じゃ」

角の中年は一瞥をくれただけだ。

(……)

エミリーの父は二人の男をまじまじと見つめた。体格はかなりよい。結果的にひたすら小屋が狭苦しい。

マミの袖を少し引いた。

「ちょっと良いか」

「うん?」

裏庭にはマミが作った花壇がある。

ここで育てた花や薬草を村におすそわけするのだ。

「何かな」

「あのな。えーと」

「?」

どうも言いだしにくい。客を追い出すような気持ちだ。

「あいつら、いつまで居るの?」

マミは腕組みをして答え辛そうに言った。

「やっぱり、迷惑だよね。私も分からないんだけど……たぶんずっと居ると思う」

「ずっと!?」

思わず声が上ずった。

マミも慌てて言った。

「もちろん、私が出ていけば一緒に付いてくるから、その……」

「いやいや、そうじゃなくて。ずっと居るなら居るで良いんだ。ただ、ここに住むならこの村のルールがある」

「というと?」

「特にあの角の生えた方、マオウさんだっけ。まだ若いだろう。働かざる者食うべからずだ」


老人が手際よく鴨の羽をむしっている。毛むしりから精肉までお手の物だ。

エミリーは魔王の角に興味津津だ。

そっと触れようとすると、老騎士はたしなめた。

「エミリーやめて置くのじゃ。触るとけがれるぞ」

「ふん。人間風情が余に触れるなよ」

「ごめんなさい。どうなってるのかなと思って」

「いつかわしがボキーッとへし折ってプレゼントしてやるから待っておれ」

「貴様……消し墨になりたいらしいな……」

「こらこら、喧嘩しないの。エミリーパパから二人に話があるよ」

戸口には渋い顔をした二人が立っている。

「お二人は、これからもこの村で暮らすおつもりと聞いたが」

老騎士はは頷いた。

「うむ」

角の男は当然の権利であるというような態度で黙っている。

「だったら、働いてもらわないとね。よろしいかな?」

マミは魔王に「今日はこの人の言うことを聞くんだよ」と言いつけた。

さっそく午前中から、エミリーの父に従い、村の穀物倉庫の増築を手伝うことになった。

レンガ造りの倉庫は村の東端に建つ。

「ご老人は……」

「ラフラスじゃ」

「ラフラスさんたちは、あっちからレンガを運んで来てください。特にラフラスさんには重いので。けして無理をせぬよう」

「なんじゃそれだけか。お安い御用じゃ」

「このような事で余を使役するというのか」

「昼にはまた来ますので。頼んだよ」

魔王は穀物そうこをちらりと見た。

「だが、人間どもに余の威光を示す良い機会かもしれんな」


その頃、マミはエミリーの宿題のチェックをしていた。

木の皮の裏に、前日習ったことを書いて提出するのだ。

結構な量である。

チェックの間、エミリーは呪文の詠唱を書く。

何度も同じところを繰り返して書かせるしかない。

宿題はちゃんとやってきている。

今日は新たな呪文の説明に入った。

だが、エミリーは妙に大人しい。

(集中が出来ていないなこれは)

この子の座力はあまりない。マミは子供の集中力はそんなものだと分かっている。

「休憩しようか」

「……うん」

エミリーの表情はさえない。何度かいても覚えられないのだ。

「……そうだ、倉庫出来たかな?午前中はこれくらいにして、見に行こう」

村の中央には3つの細い川が通っている、

人工的に引かれた用水路である。

橋を渡るとすぐに異変に気がついた。

「え、なにあれは」

見た事もない灰色の塔が高々とそびえたっている。

村人たちも集まっている。

「昨日の夜には建っていなかったよな」

エミリーは塔を見上げる父に駆け寄った。

「パパ!」

「エミリー。たまげたよ。なんだこりゃ」

近付いた見ると古い穀物倉庫そっくりの構造物が積み上がっている」

魔王は得意げだ。

「大して時間はかからなかったぞ。7つは重ねてやったぞ。魔力受信塔としても使うがよい」

マミは、やっちゃったかーという顔をしている。

「ワシがレンガをとりにいってる隙にやってしまったのでな。そもそも、階段が見当たらんな」

倉庫を縦に積み上げた構造物には、コピーされたように入り口が全て付いている。

しかしそこに至る階段がない。

「人間は……飛べぬのだったな」

「こいつは力はあるが基本的に思慮の足らぬアホなのじゃ。働けば真っ先にクビになるタイプじゃ」

「……」

のちに行商人たちが立ち寄る時のランドマークとして機能するが、現時点では邪魔な塔が完成した。

角の彼には別の仕事を与えた方が良さそうだとエミリーの父は思った。


帝国内には街道が蜘蛛の巣のように張りめぐらされている。

マルスルトと呼ばれるそれは、人が樹海を切り開いた証でもある。

この東の街道の果てに、ローブをまとった人影が3つ。

その下には武器を帯び、鎧に身を包んでいるが、三人とも女性である。

そのうちの一人だけ、とりわけ足取りが重い。

「リュシミー。疲れているのではないですか。村までもう少しですが、盾を持ちましょうか」

「大丈夫です、ユーリ様。騎士たる私がこんな事で。我ながら情けないです」

背中には白い盾がくくりつけられている。なるべく光らぬようにと泥を塗っているが、魔法具特有の光を微かに発している。

「それに、この盾をユーリ様に持たれては私の存在意義が……」

二人の会話を聞いているもう人は笑った。リュミシーとは瓜二つ。双子である。

こちらは大剣を背負う。

「魔術師であるユーリ様の方が体力ありそうだもんね」

「それは言わないでよ」

「ああ、盾に押しつぶされそうなリュミシーは本当に可愛いなあ」

「怒るよ」

出かけたばかりのハイキングのように見えるが、彼女たちが旅に出てからひと月も経とうとしている。

辺境の地には人村も少なく、急がねば野宿となるだろう。

「二人とも、ちょっと待って」

その声は緊張感をはらんでいた。

「どうされましたか」

ユーリは無言で前方を指差した。

リュミシーは目を凝らした。

夕闇に人影。

まだ距離はある。

「羽が生えているような。魔族ですかね」

「さて……」

ユーリは杖を握り直すと、口早に詠唱を開始した。

「彬彬として理知たる宝庫より引用する。対象を顕せ、『アンスール』」

空中に浮かびあがったルーン文字が光る。

索敵魔法である。

ユーリの眉宇に驚きが現れた。

「何者でしたか」

「サタナキアのしもべ。名をプルスラス。先の大戦の討伐対象データベースにありました」

「へえ。先の大戦の討伐対象って骨董品ですね」

リュクロスは巨大な剣を構えた。

殺気に反応したのか、羽の生えた男は真っすぐに飛びあがり、さらに接近しはじめた。

一方のリュミシーは膝の震えが止まらない。

「この距離なら逃げられませんか?ユーリ様」

「私たちの目的を忘れたのですかリュミシー。後退はしません」

「リュミシー、覚悟を決めなよ。あれやってよ」

盾の少女は慌てて首を振った。

「私なんかの下級魔術、その大層な剣にかけても意味ないって知ってるでしょ」

「ほら、験担ぎだからさ」

魔族はもう眼と鼻の先だ。

「もう!」

リュミーは観念して盾を構えた。

「救援せよ。力の理を……」

集中できない。

「だめ!今日も失敗!もう目の前まで来てるよ!」

リュクロスはリュミシーの頭をポンと叩いた。

「うーん、今日も可愛い!」

一足飛びに大きく踏み込むと、目前に迫った魔族に剣をぶつける。

風を切る音のあとに、土煙が舞い上がった。

手ごたえはあった。

岩を剣で殴りつけたような重いしびれが手に伝わる。

羽の生えた男は薄ら笑いを浮かべながら剣を握りしめている。

その腕からは、魔力の炎が立ち上っている。

「私の一閃を受け止めるか」

プルスラスは土煙を払うかのように羽を一度大きくはためかせた。

そして口を開いた。

「あの男の言うとおり。お供が二人だけ。しかも女とは」

「女で悪かったな」

リュクロスは力を込めて踏みこんだ。

ドンと鈍い音がして、地に亀裂が走る。

男は飛び退った。

「おおっと、大した膂力だ。君のような粗野な女には興味はない。そちらの高貴な方と話をしたのだが」

リュミシーは盾を構えてユーリの前に立つ。

(誰かから聞いたような口ぶりじゃない?いずれにせよ、ユーリ様の素性を知っている)

女三人に睨まれつつも、羽の男はことばを続けた。

「驚いたのですが、あなただけに会いに追いかけたこの辺境で。まさかの、まさか。あのお方を見つけてしまったのですよ」

ユーリは答えない。

(あのお方?まさかこの魔族もラフラス様に気がついて?)

「あんなに恐ろしい方が牙を抜かれた獣のように大人しくなるとは。幻滅いたしましたよ」

(何の話だろう?)

「…これはいけませんね。先ほどから、私の持っている情報ばかり提供してしまって。あなたのお話もお聞きしたいのですが」

男はユーリ達に一歩近付いた。

間にリュクロスが割って入る。

ユーリは目をそらさずにきっぱりと言い放った。

「魔族とは話をしたくはありません。先ほどから殺気しか伝わって来ませんよ」

男の口角が上がる。牙がチラリとのぞいた。

笑いつつも、一瞬、怒りの表情を見せたように思えた。堪え性があるタイプではないようだ。

「これはこれは!嫌われたものですな。まあ、人間風情と対話などしようとした私が愚かだったのでしょうね」

プルスラス舌舐めずりをして左手をあげた。

その瞬間、地響きとともに森から巨大なサイクロプスが飛び出した。

大きな足で数歩、間髪いれずに巨大な棍棒が振り下ろされた。

「では、この剣の女は後から喰らうとしましょうか!」

「ユーリ様!」

リュミシーは目を閉じてユーリに抱きついた。

ドン!

その衝撃は木々を揺らした。

「アハハハ!ミンチにしたらお話は出来ませんが、これは食べやすくなったでしょう!傑作だ!あなたもごらんなさい!」

プルスラスは愉快そうに腹を抱えて笑った。

「ふん。おめでたいやつだな。お前こそ、よく見てみな」

「ハァ?」

棍棒は確かに二人の頭上で振り下ろされたが、宙に静止していた。

盾からあふれ出る光の膜が二人を覆っている。

「まさか盾のレガリア!?」

「皇女がレガリアを持ち歩かないと思い込んだお前がめでたいやつなんだよ。そしてこれが……」

大剣の柄が形を変え、両腕を覆う。

刃から光がほとばしり五芒星を形作る。

「剣のレガリアだ。喰らええええええ!」

轟音と共に魔力が解放された。

「グガアアアアアアアアア!!!」

光の渦に巻き込まれたプルスラスは粉々の塵となって吹き飛ばされた。

それを見たサイクロプスは慌てて森に引き返していく。

「逃すか!」

「リュクロス、おやめなさい」

それを聞き、静かに大剣をおろすと剣は元の姿に戻った。

へたり込んでいるリュミシーの所にいき、頭をなでつつリュクロスは笑った。

「逃げるサイクロプスの後ろ姿ってなんだか可愛いよね」

「ぜんぜん可愛くない。今日こそ死ぬかと思った……」

「リュミシー、歩けますか」

「はい歩けます……」

「一刻も早く、あのお方に会わねばなりません」

空には星がまたたきはじめていた。

           (つづく)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み