第1話 きのこ狩り☆

文字数 4,907文字

~はじまりの前に~

その戦場は色々な物が溶け合い、判別のつかぬ混沌と化していた。

ひとつだけ確かなことは、うんざりするほどの停滞が、もうすぐ解消に向かおうとしていること。

誰もが決着の刻が訪れたと確信していた。


人の技と業が臨界点に達し、現れた慮外のもの。

人と並び立つ相容れぬ知性。それを魔族を呼んだ。

数百年もの停滞に、共存の道があったのかもしれない。

ついに人の捕食者でもある彼らを排除しようと人類は躍起になった。

あらゆる手段で対抗策を講じ、数百の年を経て彼らの技である魔術も獲得した。

一進一退の攻防を繰り広げながら、人はついに最後の「巣」を包囲するに至った。


人の存亡をかけた決戦に、文字通り地平を埋め尽くすほどの軍が城へと押し寄せた。

すでに破たんした経済の上で、人類の餓滅が先か、城が陥のが先か。

兵站の為だけに団結する涙ぐましい努力など、どの国も信じることが出来なかったが、偉大なる王のもとに策と人が届けられた。

河川を決壊させる水攻めは魔族に有効では無かった。

城壁や結界を何度破壊しても再生を繰り返した。

神の御代の火器を再現構築して投じたが効き目はない。

籠もる魔王の護りの前には全て無意味であった。


ひとつの変化が訪れた。

いつものようにこじ開けた小さな結界の穴に、勇気ある人々が乗りこんだのだ。

その後、英雄と称えられる精鋭は、犠牲を払いつつも数名が生還。

魔城の最深部にて魔王の妻へカティーを討ったのだ。

信じられぬことに、獣の類かと思われた魔族の母へカティーは情愛を見せ、魔王を庇ったという。

辿りつきさえすれば、人の牙は魔王にも届き得る。


そして次の変化が決定打となった。

結界が弱まったのである。先の突入により、何らかの異変が起きたらしい。

その策を考え付いたのは特異な魔術の才を持った少女だった。

魔城を取り巻く丘を巨大な魔法陣のポイントに見立て、人の持つ全ての魔力を結集して巨大な魔力の鎚を形成し、結界を押しつぶす。

今なら可能かもしれない。

人々は突入の機を待った。

彼女はその要となり、全ての魔術師たちは長大な魔法陣に参集した。

魔族はすぐに察知した。

黒龍の群れが幾度となく襲来し、魔術師たちに炎を浴びせかける。

陣の核となる少女を護るのは、聖剣に認められた青年ラフラス。彼こそ最深部に至り、魔王の妻を討った張本人である。

光球は輝きを増し、人々が一晩中唱え続けた呪文に応えて輝きは丘を覆い尽くした。

突如、ラフラスは大声をあげると丘を駆け下りた。

結界が十重二十重と張りめぐらされた丘の麓にそれは出現した。

同じく最下層からの生き残りである、妖刀ダーインスレイヴの使い手も叫んだ。

「やつが来たぞ!」

空間が軋み、不気味な音を立てる。

城で対峙した時とはあきらかに姿は違う。

だが、その偉業から発せられる膨大な魔力はまさしく魔王そのものだ。

「貴様を探していた……」

その怒りに燃える目は勇者ラフラスだけを見据えている。

妖刀の使い手は勇者に笑いながら言った。

「お前に個人的な恨みがあるってよ。城を空にしてさ」

「まずはお前を殺し、ゴミどもをこの地から一掃してやる……」

魔王めがけて帝国一の弓使いが術矢を放った。

膨大な魔力を込めた対神魔矢。

同時に勇者は斬り込んだ。聖剣が魔王の胸に沈み込む。

勇者は呪文を唱えた。

次の瞬間、彼は魔王に握りつぶされた。

バキバキと骨の砕ける嫌な音が響く。

手を開くと、配下の魔族の屍があった。

「入れ替わりか。さすが外道よな勇者ラフラス。妻の仇討たせてもらう。消し墨になれ……」

爆風と火炎が丘を覆い尽くす。

人々が吹き飛ぶ。

爆煙の中、勇者とその仲間は立ち上がる。術者が対炎防御魔法を張ったのだ。

炎から免れた魔術師たちが次々に魔法を打ちこむ。

魔王が再び呪文を唱えると、魔力がゆっくりと巨大な槍の形をとる。城の塔にも匹敵する大きさだ。

その先は勇者に向けられた。

真っ白な服を着た聖職者の少女が叫んだ。その髪には金色のアクセサリーが光っている。

「注意して!丘ごと突き崩す気よ!」

勇者は両手を広げた。

「望むところだ。撃ってこい!」

人々はその隙を見逃さず、次々と魔王に攻撃を仕掛けた。

魔王の体は崩壊しはじめていた。

勇者の仲間たちの目に涙が光った。彼は刺し違える気だ。勝機はここだ。

「良い覚悟だ。我が妻の元、黄泉への道連れだ……」

巨大な槍がゆっくりと勇者を貫こうとしたその刹那、彼の前に手を広げた少女が現れた。

一部始終を見ながら、陣の要で光球を統括すべき少女だ。

転送魔法。

勇者の目の前で槍が少女の体を引き裂いたその瞬間、彼は確かに声を聞いた。

「あなたとの旅は楽しかった。私はもう、まともに人と関係を持てないかと思ってたんだ。ありがとう」

まばゆい光が天を覆い尽くす。

攻撃の大魔力は転送の魔法に換えられ、数百万の兵は消え去った。

真っ二つに引き裂かれた少女の亡きがらだけを残して。

戦は偃んだ。

痛み分けと言ってもよい。

魔城は残ったが、主を無くしたかのようにひっそり湖畔に佇んでいる。



~時はながれて~

狭い部屋にやたらとガタイの良い男が二人。

丸いテーブルには年輪の模様が映え、ニスでテカテカと光っている。

他には子供と若い女性。並んで食事を摂っている。

穏やかな朝の光が差し込む部屋に暖かい食事。

女性は白い布と黒い布をつなぎあわせたような肌を持つ。

遠目には人形のようだ。

肩までの金髪に碧がかった色の目をしている。

大柄な男をさらに大柄に見せているのは、鎧を着ているからだろう。その顔には深い皺が刻まれている。

もう一人は角が生えた目つきの悪い中年だ。

「おい、そこの。塩をとってくれんかの」

「貴様・・・図に乗るなよ。消し墨にしてやろうか」

たしなめたのは若い女性である。

「喧嘩するなら二人とも出て行ってもらうよ。とってあげなさい」

「……」

目つきの悪い男は、陶器のキャニスターをしぶしぶ手渡した。

「マミ姉、おじいちゃんとオジサン、仲が悪いよね。マミ姉が子供のころからこうなの?」

「私のことは魔王と呼べ、人の子よ……」

良い年をして魔王と呼ばれたいのかこのオジサンは。

少女は隣家の娘である。

この女性に食べ物を運び、勉強を教わっている。

それにしても邪魔な存在はこの男たちである。

彼らが居付いてから実は1年も経っていない。

昨年の春。この辺境の村に現れた彼らは当然のようにマミと同居を始めた。

村人たちは気味悪がったが、仲間外れにはせず、結局は受け入れた。

それは、十年前に現れた異邦人であるマミが、村人から厚い信頼を勝ち得ていた証でもある。

「エミリー。この人達は私の家族じゃなくてね。私の友達みたいなものだよ」

家族じゃない人と寝食を共にしているのかとエミリーは少し驚いた。

つまり、マミ姉とどういう関係なんだろう。

エミリーは怪訝な顔で男たちを交互に見た。

「今日はこのあと、キノコ狩りに行くんだよね」

「うん、荷物持ちは確保してあるからね~」

角の生えた目つきの悪い男はカゴを抱えてすでに戸口に立っている。

「狩りか。余に任せよ……。久しぶりだ。ワクワクするな……」

マミは魔王の角にカゴをかけ、老人に念を押した。

「洗い物当番だからね。留守番よろしく。夕方までには帰るよ」

森は暗い。エミリーはライトの魔法を何度も唱えた。

呪文が間違っているのか、なかなかつかない。

暗記は苦手なのだ。

手にした箒の柄がエミリーの杖、魔法具代わりである。

マミが一緒にゆっくりと唱えてくれた。

「霽月の光風、晴れやかに照らせ。我は使役する。ソウェイル」

微かな光が柄にともった。

エミリーとマミは顔を見合わせて笑った。

森には様々な薬効を持った植物が生えている。

もちろん毒もある。

エミリーにとっては見慣れたものばかりだ。

「キノコ、大分集まったね」

「そうね。そろそろ帰りましょう」

「あれ、オジサンは?一番大きなキノコ探すんだってはりきってたけど?」

「はぐれちゃったみたいだね。まあいや先に帰ろ。大丈夫でしょ」

エミリーの心は弾んだ。よく考えたら久しぶりの二人きりだ。

「帰ったらまた勉強教えてね」

「いいよ。エミリーは頑張りやさんだね」

「そんなことないよ」

幼少時に母を亡くしたエミリーにとって、マミは母のようでもある。ただ、母と呼ぶにはずっと若く見える。

どこから流れ着いたのか、森で倒れていたマミを見つけたのはエミリーの母だった。

隣の小屋を改築して住めるようにしたのは父である。

いかにも理由ありな風貌のマミを村人たちは迎え入れた。

戦が無くなってから60年経ち、鄙の人々の心に平穏が訪れていたからかもしれない。

カゴいっぱいのキノコは肉厚で美味しそうだ。

エミリーは見上げた。夕日がマミの横顔を照らしている。

「あのさ、答えにくかったらいいんだけど」

「なあに」

「その、エミリーの肌って生まれつきのものなの?痛くないの?」

黒い肌と真っ白な肌の境。縫い合わせたようにも見える。

「全然平気だよ。エミリーは私の姿苦手かな」

「ううん!そんなことない。とっても素敵だよ」

「実は私もけっこう気に行っているんだよ」

マミは微笑んだ。

少女は抱きついた。

「あらあら。甘えん坊ね」

「マミ姉はどこにも行かないよね。お母さんみたいに死んじゃったりしないよね」

「私はもう、この村から動かないよ」

「約束だよ!」

マミはエミリーの頭を優しくなでた。


家に着くと夕食の支度の最中だった。

鍋に張った湯はすでに沸騰している。

老人がキノコスープの下ごしらえをしていた。

「あれ?角のオジサンはまだ帰ってないんだ」

「キノコ、とれたかの?」

「たくさんとれたよ!おじいちゃん」

小屋は綺麗に掃除されており、食器も綺麗にテーブルに並んでいる。

「おじいちゃん、すごいね。お掃除の天才かも」

「わしは、言われた事は必ずやり遂げてきた男じゃ」

老人はおだてられて胸を張った。

老人が鍋にキノコを追加している間に、二人は勉強をはじめた。

「先生お願いします」

「昨日の続き覚えてる?」

「ルーン文字、ここから」

「そうだったね」

窓の外から、酒場の喧騒が聞こえる。

村に酒場が出来たのは最近のことだ。

帝国により道が整備されると、この辺境の地にも行商人達が立ち寄るようになった。

特に酒好きの村長は喜んだ。

木の皮いっぱいにルーン文字を書く。

チラリとマミを見た。

集中力が切れそうだと判断したマミは「集中しないとだめ。下まで書いたら食事にしましょう」と言った。

「よし、かけた!あのね」

「なあに」

「マミ姉ってお酒すき?」

「うーん、60年前は好きだったけど今はあまり」

エミリーはマミの冗談に吹き出した。

「マミ姉まだ生まれてないでしょ」

その時、小屋の扉が大きな音をたてた。

バンッ!

「キノコ、獲ってきたぞ……」

エミリーは悲鳴をあげた。

「うわあああああ!!」

両手で抱き抱えているのは巨大なキノコの頭をした謎の生物だ。

じたばたと暴れている。

幸いなことに頭の傘の部分がつっかえて家の中に入れないようす。

「それ、マイコニドだから!」

「余が、一番大きな奴を獲ったぞ……」

「森の奥に返してきなさーい!」

叱られた魔王はしゅんとうなだれて、じたばたとあがくマイコニドを森の方へ引き摺っていった。 


                               (つづく)
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