第4話 試験会場にて☆

文字数 3,910文字

馬車に揺られて二日目の朝。

誰かが声をかけた。

「おい。勉強はしなくても良いのか」

うたた寝をしていたエミリーはビクリと周りを見渡した。

暗い幌の中に光が差し込んでいる。

(夢か。なんかパパの声がしたような)

「結構、余裕があるんだな」

「!?」

いつの間にか、立てかけてあった杖が転がり、蛇の彫刻の目が光っている。

「今、しゃべったのはあなたなの?」

「俺以外の誰が居るんだ」

「わあ!すごい」

マミ姉にもらった杖がこんな不思議なものだったとは。

「お前、勉強はいいのか。受験なんだろ」

「あそうか。着いたらすぐに試験だもんね」

「おいおい。大丈夫か。とぼけた奴だなあ」

なんだか口が悪い杖だ。

棒きれに注意をされて動くのは尺だが、確かに勉強しておくべきだろう。

老騎士にもらった木の皮を広げ、ルーン文字とその文字の持つ意味を確認することにした。

すべての文字の暗記が基本中の基本だ。

「マジかよ。まさかとは思ってたが、こんなものも覚えてないのかよ」

「そんな言い方しなくても。じゃあヘビさんは分かるの?」

「当たり前だろ。それに俺のことは蛇じゃなくてケリュケイオンと呼べ」

「えっと……」

「マジか。宝物の代表格、レガリアは知ってるよな。ってさすがに有名なレガリアは試験に出るだろ。受験生だよな?」

「そんなこと言われても。レガリアってなんだっけ。マミ姉が何か言ってたような気もするけど……」

「うーむ。なんかショックだな。レガリア知らなくても俺の名前って知名度低いのかね。ほらレヴァティンとかグングニルとか聞いた事あるだろ」

「なんかごめんね」

「オーケーオーケー。俺が色々教えてやるよ」

まさか杖が先生になるとは思いもよらなかったが、道中の話し相手が出来た事にエミリーは喜んだ。

王や国家が集団の権威としてもつ威信財をレガリアと呼ぶ。

この世界では旧世界の人類の伝説を帯びた魔法具を指す言葉だ。

「ヘビさんは物置きに居たんだよね。すごく物知りだね」

「村に来た頃は、しばらくホウキの柄として使われてたぞ。そんなことするなら物置きに入れてくれと懇願したら放置だ。ひどいだろ」

「なあんだ。ホウキだったんだ。マミ姉の宝物かと思って気を使って損しちゃった」

「いやいや、宝も宝。大魔法具だぞ。大切にしろよ。元は神の所有物だったし。だいたいオマエな。」

「『オマエ』じゃなくて『エミリー』」

「はいはい。だいたいエミリーは受験しても受かる学力じゃないだろ」

「怖い事言わないで。私は勉強して薬師になるの」

「聞こえてたよ。学力はともかく、動機は立派なもんだ」

「……。こんなにおしゃべりなのに、よく黙ってホウキやれてたね」

「こないだの朝までしゃべれなくされてたんだよ!そんなことより、勉強教えてやるから無駄口叩くんじゃないぞ。どうもエミリーは集中力がないからな」

「ええっ」

「自覚ないのか。毎晩授業を聞いてたから分かるぜ。俺はあいつみたいに優しくない。みっちり教えてやるから覚悟しろよ」

「なんかひっかかるなあ。でも、ありがとう。都まで宜しくね」

帝都までは三週間かかった。



道中、杖からしっかりと勉強を教わった。行商人の夫婦には独り言の多い子だと思われたようだ。

馬車は宿屋街に到着した。

受験まで、ここからまだ十日もある。

夫婦に礼を言い、銀貨を数枚差し出したが固辞された。

「パパに聞いてなかったのかな。もう十分お代は頂いてるよ。それよりお嬢ちゃん、立派な魔術師になるんだよ」

エミリーは深々と頭を下げた。

ここから試験日まで帝都の安宿に連泊する予定だ。

帝都クリミアハリル。

現生人類最大の都市。

総人口は300万人。周辺集落を含めると、500万人を超える大都市圏を形成し、先の大戦の主力はここから出撃した。

「ヘビさん、どの宿に泊ったらいいの?」

「知らんわ。俺は別に野宿でも良いんだがな」

手持ちの銀貨は十分とはいえ、宿は吟味したい。

きょろきょろと周りを見渡していると、急に声をかけられた。

「君、受験生かい?」

「え?私?」

黒いローブにネームプレートを付けた金髪の青年が立っていた。

ローブには乙式魔術学校と刺繍されている。

「宿探しだよね。実は学校の伝統でね。受験生に宿を紹介してるんだ」

「そうなんだ」

「ほら、はやく付いておいで」

エミリーは言われるがままに青年の後ろをついて行った。

しばらく歩くと大きな黄色い看板に『受験生歓迎』と書かれた宿に到着した。

「ここが一番安くていいよ。中で話を聞いてきなよ。ここで待ってるからさ。もしも嫌なら他の宿も紹介してやるよ」

宿の主人も人当たりがよく、宿泊費は先払いで10日で銀貨10枚。三食付きで、受験後も合格発表まで滞在して良いという。

外で待っている青年に決めた事を伝えると笑顔でこう言った。

「ここは夜も静かで勉強もはかどるよ。こんなに早く決めるなんて決断力があるね。きっと合格するよ」

「色々ありがとう」

「いやいや。君、田舎から出て来たんだろう。帝都を少し案内しようか。合格したらここで暮らすことになるんだし」

「え、でも悪いし」

「まだ日も高いしさ。ちょっとだけだから。ね。さあ行こうか」

エミリーは迷った。勉強がある。

でも、今日は午前中の馬車で結構勉強が進んだ。気晴らしは必要かなと思った。

「じゃあ少しだけ」

帝都は巨大な朱雀大路を中心として東西に小路が伸びている。

王城に近い場所は美しい赤の屋根を持つ貴族の屋敷が並んで光っていた。

どの屋敷も戦時には要塞として機能するように高い塔と巨大な塀を持つ。

(角のおじさんが建てた塔よりもおおきいな。お父さんが見た景色も同じなんだろうな)

行きかう人々は様々な肌の色を持つ。

彼らの服装も気になった。

どうやら都では刺繍のローブが流行っているようだ。

(私、木綿の一枚服だ。なんか恥ずかしいかも)

青年は指差した。

「向こうは騎馬隊の練兵所。川の向こうから見れるよ」

「あの、実は……。試験場を見ておきたいなと……」

それを聞いて、青年は目を輝かせた。まるでそこが目的地だと言わんばかりに。

「そう!それは良いことだね」

丙式魔術学校も赤いレンガ造りで、乙式魔術学校の向かいに位置していた。

学校の生徒たちだろうか。二人をジロジロと見ている。

「君はどっちを受験するの?」

「丙式の方を……」

魔術学校にはレベルに合わせて上から甲式、乙式、丙式と分かれている。

上級の甲式を受験するには推薦状と小金貨10枚が必要だ。貴族の子弟が受験することが多いらしい。

乙式と丙式は小金貨3枚で受験することが出来る。

転校も可能で、卒業後は差額の金貨を払って丙式から乙式へと進学する者もいれば、そのまま就職する者もいる。

「そか、丙式ならもう受付してるよ。実はね、丙式は在校生が代理で受験手続きをする決まりになっているんだ」

「えーと」

「だから僕がやってあげるよ」

「え。でもパパは、全部自分で手続きしなさいって」

青年は笑った。

「ははは。それはね、数年前までの話。まあ、誰がやらないといけないと決まってはないけどね。実はここだけの話、手続きすると僕は銅貨10枚もらえるんだ」

「ああ。なるほど」

妙に世話を焼いてくれる理由はそれか。

「別に、僕じゃなくても、他の先輩に頼んでみてもいいよ」

他の人を探すのも手間だとエミリーは思った。

めんどうな手続きをやってくれるなら……。

「じゃあお願いしても良い?」

「よーし。良かった。僕が手続きしてあげるから、ここで待っててね。受験料は小金貨3枚だよ」

青年は丙式校舎に消えて行った。

エミリーは門の前で足をかかえて座って待った。

日が傾き始めている。

そろそろ宿屋に戻りたい。

「あのよ」

「なあにヘビさん」

「先輩に対しては敬語を使わないといけないんじゃね?」

「?」

「仮にも目上なんだし。人間同士の付き合いは分からんけどさ」

「ああ、そうなんだです?」

「お、おう。まあ少しづつ慣れていきな」

「それにしてもお兄さん遅いね」

不安を感じ始めたところで、青年が出て来た。

手に何か持っている。

「これ、領収書って分かるかな。受験日に会場に持っていくと良いよ」

「あ、ありがとうごぜます!」

「なんだい、急に改まって。いいよ、いいよ。じゃあ、『頑張ってね』」

そう言い残して青年は夕闇に消えた。

「良い人だったなあ」

「宿に戻って勉強するぞ」

「はあい」

宿は小さな個室になっていた。

ベッドと机がある。ボロボロの辞書が備え付けてあった。

「わあ!紙の本だ!すごいすごい!」

村長の家で見た聖書のような厚さがある。とても貴重な物だからと触らせてもらえなかった。

だが目の前の本は自由に使ってよいようだ。

宿の主人の好意か、誰かが置いて行ったのだろうか。

ベッドの上に投げ出されたヘビの杖は呆れたように言った。

「そんなにテンションがあがるもんか」

エミリーは開いたページをじっと見つめている。

「熱心なことだ。今日は一人で勉強できそうだな」

三十分後。

「zzzzzzz」

「寝るのかよ!起きろー!」

                 (つづく)
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