第5話 はじめての友達☆

文字数 2,729文字

宿の食事は時間が決まっていた。

寝坊をしたら片づけられてしまう。

ミリーは早起きをして勉強をすることにした。

受験生が大勢泊っているが、朝食時は特に静けさを感じる。

カチャカチャと食器の音だけがする。

(若い子が多いな。ここに居る人達は全員受験生なんだろうなあ)

誰もエミリーと視線を合わせようとしない。ピリピリとした緊張感だけが漂う。

きっと人生を賭けて来ているのだろう。

(私、すこし甘く見ていたかも。もっと真剣に取り組まないと)

その場所に訪れて、はじめて気が付くこともある。

エミリーは村での時間の過ごし方を少し後悔し始めていた。

もっと努力が出来たのではないかと。

宿泊3日目の朝のことだった。

朝食の帰り。

扉を開けようとしたとき、隣の部屋の扉が動いた。

中から少女が出て来た。

赤毛の短髪で細身。暗い色のワンピースを着ている。

エミリーは思わず声をかけていた。

「あ、あの」

少女は少し驚いた様子だが、軽く会釈をした。

「わ、わたし、隣の部屋なんだ。受験のためにここに来ていて……」

「ああ、お隣の方々。私も受験生ですよ」

「げ、元気?」

思わず間抜けなことを聞いてしまった。

「あ、はい。元気です」

少女は白い歯を見せて笑った。

「あの、私の部屋でリンゴでもどう?昨日市場で買ったんだ」

「リンゴ?ふふ。じゃあ頂きますね」

部屋のベッドに並んで座るとエミリーはリンゴを手渡した。

「あなたの分は?」

「半分まで食べたらちょうだいね」

「あら。私、食べすぎちゃうかも。お先にどうぞ」

「う、うん」

ガリガリと青いリンゴを食べる。少し緊張していて、食べすぎてしまいそうな気もする。

「私はメアリ。クロス地区ってわかる?帝都外縁の」

帝都の周りに人が住んでいるのは知っているが、地区の名前までは知らない。

「私はエミリー。帝都のことはあまり知らなくて。私はずっと東のホンウェルって村から来たの。よろしくね」

「そう。……ところで、同室の方はお出かけ中ですか?」

「ん?」

「ほら、いつも話してる人が居るでしょう?」

どうやら壁が薄いので声を聞かれていたようだ。

エミリーは半分食べたリンゴをメアリに渡すと、床に転がしている杖を持った。

「この杖と話してたの。うるさかったらごめんね。よくしゃべるんだよ。このヘビさん」

「……ぶっ。勘弁してください」

どうやらメアリのリンゴを吹き出させるためのエミリーが放った食事ギャグだと思ったようだ。

「本当だよ。ねえ、起きてる?いつもはあんなに喋るのに」

エミリーは杖の先をベッドにぶつけた。

『コンコン』

「おかしいな……」

メアリーは口元を押さえて笑いをこらえている。

『コンコンコンコン……』

「ばか!やめろ!」

じっと堪えていた杖は思わず悲鳴をあげた。

メアリは驚きのあまり、口を押さえたまま立ちあがった。

「!?」

「ね?面白いでしょ」

「そんな。このような杖、はじめて見ました」

杖は語気を荒げた。

「俺はお前の先生だぞ!いい加減にしろよマジで」

「ご、ごめんなさい。だって全然話さないんだもん」

「お前なあ……」

メアリはまだ信じられないといった表情で尋ねた。

「これってエミリーさんの魔法ですか?」

「まさか。やっぱり杖が喋るのは珍しいのかな」

「相当な魔法具ですよこれは。私、プラス2の杖まではショップで見た事があるんですが……」

「魔法具?プラス2?」

聞き返された意図が分からず、メアリはエミリーの表情を見た。とぼけているようには見えない。本当に知らないようだ。

「ご存じないのですか。このようなマジックワンドは魔法発動具、魔法具と呼ばれています。市場では小金貨一枚くらいの相場ですが売ってます」

「金貨一枚もするのこれ!?高いなあ」

「いえ、それ以上です。プラス1にカテゴライズされた上質なものは金貨10枚くらい。これは魔術学校の学生でも持っている方がいます」

「うんうん」

「プラス2に認定された杖は命のやりとりをする冒険者が持っていたり、教師が使っています。極めて珍しくて、小金貨100枚くらいの価値が」

「ええ!100枚!」

「でも、そういう杖でも喋ったりはしません」

「へえ~」

ヘビの杖は口をはさんだ。

「人間の価値観なんて知らんが、そんな俺はベッドでコンコンと叩かれたわけだ」

「ご、ごめんね。もっと大切にするよ」

「あたりまえだ」

(マミ姉はそんな大切な杖を私に……)

「……私、がんばって勉強するよ」

「おう」

「私も、そろそろ勉強に戻りますね。珍しいものを見せてくれてありがとう。リンゴごちそうさまでした」


試験当日までの勉強生活はエミリーにとってつらいだけではなかった。

毎朝、メアリと挨拶がてら部屋でしゃべるのが楽しくて仕方なかった。

村には同世代の女の子は居なかったからだ。

夕食後に話すと、夜遅くまで話し込んでしまいそうになる。だから二人は朝の貴重な時間で夢を語り合った。

「私ね。将来は村に戻って薬師になりたいんだ」

「そうなんですね」

「だから、魔術学校は絶対に合格しないと。メアリは何か目標があるの?」

「私は……」

メアリの目標はエミリーの想像だに出来ないような事だった。

「ご存じないかもしれませんが、帝都って貧富の差が結構あるんです。一日働いても銀貨1、2枚くらいしか稼げません」

エミリーは頷いたが、銀貨1枚、2枚の価値観にピンとこない。

「兄弟も多くて食べるのに精いっぱいで。でも父はお金を貯めてくれてたんです」

その辺りはエミリーと似ている。ただ、村で食べるのに困った事は無かった。

「それで、私は将来は政治家になって……」

「せいじか?」

「はい。帝国議会には民間人枠があるんです。最低でも丙式魔術学校を出ないと立候補は出来ませんが」

「なんだか難しそうだけど、メアリは真面目だからきっと叶うと思うよ」

「がんばります」

きっとメアリは素敵な政治家になるんだろう。そして帝都から貧しい人達がいなくなるんだろう。エミリーはそう思った。

いずれにせよ試験まであとわずか。

今は努力だけしよう。

その先にきっと未来が待っているはずだ。

しかしエミリーは努力出来る立場にあるだけでも幸せであるとまだ気付いていなかった。 
                                                    (つづく)
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