第6話 僕を選んだ理由

文字数 842文字

 部屋のドアを開け、君が微笑むチェストの上の写真立ての横にシクラメンの鉢植えとイチゴのショートケーキを乗せる。

 これは二年前のお正月に明治神宮で撮った写真。大鳥居の前でピースサインをして微笑む君は、何も恐れず、未来を信じた顔をしている。



 社会的な契りなど結んでいなかった二人に将来を誓った証はないし、一組の恋人が地上から消えたってその痕跡は残らない。君が存在した証は、ただ僕の記憶の中にある。

 改札の前で君を待ち続け、繋がらない携帯をいじり続け、夜になったあの日を僕は忘れない。新年のおめでとうをいえなくなったあの日を忘れるはずがない。

 電話一本繋がらないだけで状況すらつかめないなんて、何てあやふやで不完全な仲なのだと呪ったあの日を。

 世の中なんとかなるようにはできていないことを思い知ったあの日を、僕は忘れない。

 今日は大切な日。一周忌の後の、君の初めての祥月命日。

 生死をともにするから。僕を指差し、時代がかったセリフを風のようにきっぱりと伝えてくれた君はもういない。

 来年もまた僕は、君の笑顔をあの改札口で待つのだろう。もしも僕が引っ越ししてこの町からいなくなっても、この日はまたこの町にやってきて、改札の外で待つのだろう。

 ここで待っていないと君が絶対に悲しむと、僕には思えてならないから。

 心配ご無用! 写真の中の君の声が聞こえた気がして僕は泣き笑いになった。僕は君に、ずっとその言葉を言い続けてほしかった。勇気をもらえるその言葉を。

 過ぎてゆく季節の中で、君はもっとすごい言葉を僕にくれたのかもしれない。僕は何度、愛していると呟けば君に届くのだろう。世界中の誰よりも愛していたと。

 えくぼかわいい! 男のくせにえくぼ! そういって僕のほっぺたをプスプスとつついたけれど、なぜ君が僕を選んだのかは訊きそびれたままだった。


─fin─
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