第3話 はぐれそうな天使

文字数 1,070文字

 僕の部屋のほうが都心部へのアクセスが便利だったから、基本的には僕の部屋に君が来ることが多かった。

 僕の部屋でお酒を飲んで頬を染めた君は、親愛なる人に捧げる歌! と、いきなり立ち上がった。では、と辞儀をして、右手をマイク代わりにうたい始めた。

 あしもとくすぐるなぁみさえ すこしえんりょがちっ

「なにその歌?」
「岡村孝子。知ってる?」
「知らないなあ」

「お母さんが好きな歌なんだけどあたしも好き。カラオケ行くとお母さん最初に絶対これを歌うの。でね、また最後にも歌うの。アンコールどうもありがとうございますって頭を下げるの。あたしの隣でお父さんが、も、ええって、ぼそっと言うの。仲良しでしょ。
 歌ってるときはねマイク持った右手の人差し指と中指と薬指と小指をひょこひょこと開いたりするの。それはどうやら観客の声援に応えてるらしいの。それからね、左手を肩関節が外れるんじゃないかってぐらい高くあげて手を振るの。
 歌の合間に、はあいって言うの。あたしも大好きって。これもどうやら観客の声に応えてるらしいの。じゃあ歌っていい?」
 あ、はい。

 足元くすぐる波さえ 少し遠慮がち
 私は無邪気になれずに 海と話してる
 あの人のこと 気にしすぎてる  
 友達が言い笑うつもりが
 泣きそうになった

 恋したら 騒がしい風が吹き
 はぐれそうな天使が
 私のまわりであわててる
 恋したら 雲の流れも速く
 はぐれそうな心が あわててる

 見つめているだけでふいに
 熱くこみあげる
 あの人にも気づかれてる 隠せない心
 夢はいくつも 飛び越えたのに
 まるで少女のときめきほどに
 はがゆい気分で

 潮風に 体ごとさらしたら  
 少しは楽になると
 思いたった私が不思議
 潮風に 逆にあおられそうな
 あやうい恋心に あわててる

 作詞:来生えつこ
 作曲:来生たかお
  歌 :岡村孝子
『はぐれそうな天使』



「あぁ、これが恋よ」君はハッシと両手を組み合わせた。

「あのパチンは、振り向いてもらうための(いち)(ばち)かの賭けだったのよ。
 だからね、ぼ、ぼ、ぼッて、噛みつかれるかと思うほど顔を寄せて、僕と付き合ってくれないかって言われたときは、天にも昇る気持ちだった。3センチぐらい浮いた。ホントだよ」

 君はクリオネみたいに両手を動かした。

※岡村孝子さん、白血病の根治を祈ります。卯都木涼介
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