第2話 天井裏の妖怪

文字数 901文字

 彼女は言葉通り東京にやってきた。もちろん大学生となって。

 電話やメールで連絡を取り合っているとはいえ、一年間離れているのはひどく不安だった。目の前にあるものと電話の向こうの手の届かないものとでは存在感が違いすぎるのは明らかだから。

 けれど彼女はやはり、ちっちゃいくせにピンと伸びた背筋に似て揺るがない人だった。

 彼女の部屋は、かつて勤務先の東京支社で働いたことのある父親が一足先に上京して決めたそうだ。
 家具や家電の購入、実家からの荷解(にほど)きは母親が手伝いに来たから僕の出番はなかった。

「どうやらあたしは軽業師(かるわざし)として育てられたらしいわ」久しぶりに再会した君は、眉と口元を情けなさそうに曲げた。
 軽業師?



「ロフトなのよ、ロフト」
「へえ、ロフトいいじゃない。ダメなの?」
「階段ならまだしも、急傾斜でヘナヘナした梯子(はしご)なのよ。いったい誰が、何を運ぼうというの。でね、ちょっとだけって枕と毛布を運んで寝ころんでみたの。使うのは最初で最後と思って。そしたらさ、なんだか音がするのよ」

「どこが?」
「上が、すぐ目前の天井が」こうよ、こうって君は目隠しでもするように目の前に両の手のひらを寄せた。どうやら天井を表しているらしい。
「げッ、ネズミ⁉」
 僕の問いに空を見上げた君は、なんだろうって感じで首を傾げた。ねずみじゃないわね。

「なんかねぇ(きし)むような音がするのよ」
「ポ、ポルターガイストだ⁉」
「あッあッだの、んッんッだの声がするの。なんだろあれ、天井裏の妖怪?」
 し、知らん。
「すぐ静かになったけど」
 知らんってば。
「二分もないぐらいだよ」君は思い切り指を二本立てた。「早くない?」
 知ってるじゃん。

 そう言われて行ってみたら、確かに安定感がなくて軟そうな梯子だった。あれでは我が身ひとつを運ぶのがせいぜいで、大きいものや重いものなど運べないだろう。

 まあ、賃貸だからね、と僕は慰めたけど、君は合点(がてん)がいかない顔をした。
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