第7話

文字数 1,016文字

   エピローグ

 「どうする、俊祐」
 目の前に、父がいた。
 父の書斎だ。
 怜の父が逮捕されてから三日後。
 僕は父に怜を匿うように頼み、父は僕に交換条件を出した。
 そう、今は高三の五月。
 僕は混乱する。
 ――あの茜色の校舎のあれは、あの「夢」は、今、この一瞬で見た白日夢か?
 じゃあ、あの時、僕に蘇った、卒業式前日に怜と二人であの絵を描いた「記憶」もまた、白日夢の中の「作られた記憶」なのか? 妄想のようなものだと言うのか?
 それにしては何とリアルな。二人の記憶も、絵も、白日夢での経験も。父とのこの場面も、白日夢には記憶として出てきた。そしてその後の日々も。
 そもそも、こんな短い一瞬で白日夢なんて、見られるものなのか?
 僕の混乱を、父は逡巡と勘違いしたらしい。
「俊祐」
 父は少し強い声になった。
「繰り返しになるが、何も絵を完全に止めろ、捨てろと言っているわけじゃない。ただお父さんは」
「うん」
 僕は途中で父を遮った。
「分かったよ。弁護士を目指す。だから怜を匿ってほしい。匿って、守ってあげて欲しい」
 僕は、白日夢の中での記憶と同じことを答えた。
 でも、僕の中の気持ちは違っていた。
 僕たちで世界を変えにいこうかと、怜は言った。
 こんなに短い時間で、白日夢として、あれほどの経験をできるはずがあるものか。
 僕は戻ったのだ。
 時を戻ったのだ。沈まぬ太陽、止まった時間を越えて、僕たちの世界を変えに戻ってきた。
 僕がどの時点まで年を経ていたのかは分からない。その記憶は、「白日夢」では結局、蘇らないままだった。でも、少なくとも、僕たちは共にあの絵を描いた。描いて、そしてあの世界では、僕たちはその後、離れて行った。そして、僕は絵を描くことを完全に止めた。僕はあの世界では、自分の選択をずっと後悔して生きていたのだ。それを認めるのも辛くて、怜と共に絵を描いて過ごした、茜色の日々自体を忘れようとしていたのだ。
 だから、今、世界を変える。
 父の言うのも一理ある。弁護士になるということを、真剣に考えてみる。
 でも、絵は捨てない、絶対に捨てない。逃げない。
 そして、怜と話す、もっと話す、もっともっと話す。
 ああ、怜と話がしたい――。
 とにかく、出来るだけのことはする。
 これ以上のことは出来ない。そう言えるまで、まだまだやってみる。
 僕はようやく沈まない夕陽の世界を出て、今こうして、夕陽が沈んでいく世界へと、もう一度、戻ってきたのだから。
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