第14話 最後の晩餐

文字数 2,004文字

 外は吹雪いていた。
 本格的な冬の到来。
 そんな中、メグリは一日に何度も外に出て、狩りを続けてくれた。
 私にお腹いっぱい食べさせてくれた。

 でも日を追うごとに、獲物の量が少なくなっていった。
 しょうがない。
 こんな吹雪なんだ。他の生き物だって、私たちのようにどこかに潜んでいるんだろう。



 私の大好物。
 コオロギを3匹持って来たのが、最後の狩りだった。

 外は猛吹雪。

 こんな天気じゃ、獲物なんている訳がない。
 これ以上外に出たら、メグリだって危険だ。
 私は手を合わせ、最後の獲物を口にした。
 相変わらず、メグリは何も口にしない。
 獲物を食べる私を見て、微笑むだけだった。




 ーー美味しかった?――

 ーーごめんなさい……最後の獲物なのに、私一人で食べちゃったーー

 ーーいいんだよ、ミサキが満足ならーー

 尻尾はいつの間にか、体の半分ほどにまで成長していた。
 メグリが草を敷きつめて作ってくれた、最高のベッド。私はそこから、動くことも出来なくなっていた。
 メグリは私を抱き寄せ、何度も何度も頭を撫でてくれた。

 ーー大きくなってきたね、尻尾――

 ーーうん……多分、もっと大きくなるんだと思うーー

 ーーきっとミサキみたいに、可愛いんだろうねーー

 ーーメグリみたいに、強くて優しいと思うなーー

 ーーははっ、そうならいいなーー

 ーー会うのが楽しみねーー

 ーーうん……――

 ーーこの雪がやんで、また暖かい季節が来る頃に、この子たちは生まれるんだと思うーー

 ーーそうだね――

 ーーお父さん。今、どんな気持ちですか?――

 ーーははっ、何だいそれーー

 ーーふふっ、別に。何となく言いたくなっただけーー

 ーーそっかーー

 ーーこの子たちが生まれたら、親子でまた旅がしたいなーー

 メグリは目を伏せ、小さくうなずいた。

 ーー私、お父さんの顔もお母さんの顔も知らないから、ちょっと寂しかったの。だからね、この子たちが生まれたら、一緒に楽しく過ごしたいんだーー

 ーーこめん、ミサキーー

 ーーどうしたの?ーー

 ーー僕はね、この子たちに会うことが出来ないんだーー

 ーーどういう……こと?――

 メグリはそう言うと、私のおでこにキスをして笑った。

 ーーまだまだ冬は続く。春はずっと先だ。でも、獲物を狩ることが出来ない。このままだと、ミサキは子供を産む前に力尽きてしまうーー

 メグリが何を言おうとしてるのか、私には分からなかった。
 ただ、何だろう。どうしようもなく不安な気持ちになった。

 ーーだから僕がここにいる。僕の人生最後の、一番大切な仕事。それが何なのか、やっと分かったんだーー

 そう言うとメグリは微笑み、自分の左手を鎌に変化させた。

 ーーメグリ? 何をするつもりなの――

 ーー君に会えてよかった。この世界に生まれても、ほとんどが伴侶に出会う前に死んでしまう。それなのに僕は、ミサキの様な素敵な人に出会えた。本当に感謝してるーー

 どこまでも穏やかな笑みを浮かべ、私を見つめる。

 ーー最後まで守れなくて、本当にごめん。でも……ミサキなら大丈夫。僕が生きた証を、この世界に残してくれるーー

 左手の鎌を、ゆっくりと自分の胸に向ける。

 ーーやめ……やめて、メグリ――

 ーーこうすることで、僕は君たちの中で生き続ける。だから……泣かないでーー

 ーーやめて! メグリ、メグリ!――

 ーー僕と一緒に旅をしてくれて……僕に名前を付けてくれて、本当にありがとうーー

 そう言うと、一気に鎌を突き刺した。

 ーーメグリいいいいっ!――

 口から血を流しながら、メグリは最後の笑顔をくれた。



 これまでで一番穏やかな、優しい笑顔を。



 最後の力を振り絞り、鎌を抜く。
 メグリはそのまま地に崩れ、目を閉じた。

 ーー嫌ああああああっ!――

 私はメグリを抱きしめた。




 訳が分からなかった。
 突然訪れた、残酷な別れ。
 声を上げ、何度も何度もメグリの名を呼んだ。

 私は全てを呪った。
 なんて残酷な生き物なんだ、私たちは。
 なんて残酷な世界なんだ、ここは。

 私の体が血に染まる。
 まだ温かい、メグリの血で。

 その時私の中に、どうしようもなく獰猛な、強烈な感情が生まれてきた。



 ――食べたい、今すぐに!



 私は胸の傷に口をつけ、飛び散るメグリの血を飲んだ。

 美味しい……美味しい美味しい美味しい!
 もっと、もっともっと飲みたい!
 メグリを食べつくしたい!
 血の(したた)るメグリの肉を、心ゆくまで味わいたい!

 私は口を開き、メグリの体に牙を立てた。
 ブチブチと音を立て、肉を噛みちぎる。
 バリバリと咀嚼(そしゃく)し、飲み込む。





 血に(まみ)れながら、私は恍惚の笑みを浮かべていた。
 この世で一番美味しい物に今、出会えた。
 私はメグリを愛している。
 その人の体を今、私の物としよう。
 そうすることで、私とメグリは永遠にひとつになれるんだ。

 涙を流し、狂気に顔を歪ませながら、私はメグリを食べた。

 骨に絡みつく肉片に至るまで。
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