第20話 シャンプー

文字数 988文字

「ぼくは小原の高校の時からの友人で、小原の髪の香りがこのシャンプーの香り似ていたものだから」
遼也は自分が知佳と付き合っていたとは言わなかった。続けて遼也は言った。
「小原は今も旅館で頑張って働いているのですか」
するとフロントの女性は、つらそうな顔をして言った。
「小原は半年前に亡くなりました」
「亡くなった?」
「はい。病名もわからない難病でした」
そのあとフロントの女性は懐かしそうに知佳のことを語った。
「小原はよく気が利いて、仕事もできたのでみんなに気にいられました。だから女将さんも旅館のシャンプーを変えることに賛成してくれたんです。小原は私によく言っていました。北海道に引っ越して来る前に心から好きな人がいて、その人と文通していたんだけれど離れ離れの距離は縮まらないから、その人の幸せを願って別れの手紙を書いたといってました。その後病気にかかり半年ほどで亡くなってしまいました。だけど小原はまだ二十ですよ。しごとだって一生懸命やっていたのにあんまりです。
 部屋に戻った遼也は冷蔵庫から、缶ビールを取り出し窓際の籐椅子に座って缶ビールを呑んだ。夕闇が近づいてきていて部屋はもう暗かったが電気も点けずに、遼也は缶ビールを呑んだ。
一年前に遼也に届いた、別れの手紙は嘘だった。知佳に好きな人なんていなかったし、知佳は自分の幸せを願って、あの別れの手紙を書いたのだ。だがもうこの世界には知佳は存在しない。高校時代の知佳の笑顔が思い浮かび、遼也はむせび泣いた。
 翌日の朝早くに遼也は旅館を出た。羽田に戻ってきたのはまだ十時を過ぎた頃のことだった。北海道に行ったのは観光ではないのだ。オダギリ宅配から届いた地図の真相を知るために、北海道に渡ったのだ。そこには悲しい現実があった。遼也はすぐ家に帰る気になれなかった。東京の映画館で話題の映画を見たが何の感動も湧かなかった。駅前のベンチに座り、しばらく何も考えずにいるともう午後二時すぎになっていた。遼也は東京の街をあてもなく歩いた。古めかしい居酒屋が目に入り、立ち止まるともう何人かの客が酒を呑んでいた。遼也は店に入り、酒をかなり飲んだが酔えなかった。店を出たのは六時過ぎで、辺りはすっかり暗くなっていた。何の憂さも晴れなかった。遼也は近くの駅に向かい列車に乗って帰路についた。三十分ほど経つと車窓の外は街の灯りが薄暗くなった景色に変わった。
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