第6話

文字数 1,978文字

●アーサー
アーサーは誰もいない夜の街をあてもなく走っていた。
あの女・・・嘘まで付いて私に恩を売りつけたかったのだな。
ある程度走るとアーサーは疲れて、俯き、膝に手をついて息を吐いた。
こんなところにはいたくない。
どの街に行っても相手にされず、冷たく扱われていたアーサーは、かつていた友が恋しくてたまらなかった。一年前、今と同じように城を飛び出したアーサーだったが、あの時は友が3人もいた。
ガウェイン。貴様ならどうする?
かつての友にアーサーは問いかけた。答えなど返ってくるはずもないのに。
「こんなところにいたんだな?探してたんだぞ?」
アーサーははっと顔をあげた。そこには、鼻に包帯を巻いた男が立っていた。
しまったとアーサーが思った時にはもう遅かった。頭に雷が落ちたような衝撃が走って、そのまま目の前が真っ暗になった。
   
●グウィネヴィア
 渡された手紙を読んでグウィネヴィアは涙を流した。
そうか。ガウェイン、ランスロット。あなたたちは、決めたのね。
アーサーを支えるって。
それにしても剣が見つかってよかった。
でも、あのアーサーがひとりで逃げるなんて・・・大丈夫なのかしら。
「あの、グウィネヴィア様?」
グウィネヴィアは涙を拭った。
「ごめんなさい。つい涙がこぼれてしまって」
手紙を届けに来た背筋のよい男にグウィネヴィアは微笑んだ。男はグウィネヴィアの美しい顔に照れて背筋が縮こまった。
「ランスロット団長にご返事を書かれますか?」
「ええ。もちろん。でもその前に、城内が今どうなっているか教えてくれない?王子が逃亡して、荒れているのでしょう?」
「はい。城内は大荒れです。ただ、王子が逃亡したことは、城内の人間と王都の一部の貴族、そして騎士団にしか知らされておりません」
「じゃあ私は知ってはいけない情報だったかしら?」
「いえ!そのようなことは!グウィネヴィア様は先代の王のご息女でおありの旧王族の方ですから、むしろ知っていて当然というか、知っていただきたいというか、ええっと」
グウィネヴィアは吹き出した。
「わかったわ。わかったから。あなた、おもしろいのね」
「い、いえ、そのような」
男はさらに背筋が縮こまった。
「しかも城内では現王が偽王ではないかという噂も飛び交っていまして」
男はしまったという顔をした。
「し、失礼しました。王を侮辱するようなことを」
グウィネヴィアはふっと微笑んだ。
「大丈夫よ。本当のことだもの」
グウィネヴィアがあまりにもあっさりそう断言するものだから、背筋の良い男は驚きすぎてなかなか言葉がでなかった。
「な、な、なにをおしゃって・・・ウーサー王が偽物なはずが。ただの噂ですよ・・・ね?」
グウィネヴィアはきょとんとした表情で男を見た。
「あら、ランスロットから何にも聞いていないの?」
「私は手紙を届ける役目を仰せつかっただけで」
「まあそうだったの?私のところに使いをよこすなんて初めてだったからあなたはかなり信頼されている部下なんだと思っていたわ」
「私はただ城内に友人がいないためこの仕事を任されただけです」
「へえ。最近配属されたばかり?」
「ええ。王様の御眼鏡に叶いまして・・・」
「ふーん」
男がじっとグウィネヴィアを見つめた。グウィネヴィアは、男と視線を合わさず、窓の外を見つめた。長い沈黙が続いた。時計の針の進む音しか聞こえない室内。男は相変わらずグウィネヴィアをじっと見つめ、グウィネヴィアは窓を見つめる。
遂に耐え切れなくなって口を開いたのは窓を見つめていた方だった。
「さっき言ったことは嘘よ。城内で流れている噂はデマだわ」
「しかし、先ほどグウィネヴィア様ははっきり断言されました。噂は本当だと」
「あれはつい会話の流れで・・・」
男がまたじっとグウィネヴィアを見つめ始めた。グウィネヴィアは、はあっと大きなため息をついた。
「もう。わかったわ。だからそんな怖い顔で睨まないで!」
「やはり噂は本当なのですね!」
グウィネヴィアは椅子に肘をついた。
ランスロットに怒られるわね。でも知っている仲間は多い方がいいし。
グウィネヴィアはちらっと男を見た。
こんなひょろっとしているけど一応騎士団だし、まあいいか。
「言っておくけど」
グウィネヴィアは男の目をじっと見つめた。
「この話を聞いた以上、命が狙われるかもしれないわよ?それでも聞きたい?」
男はグウィネヴィアから視線を外し、ぼそぼそとつぶやいた。
「王が偽物であることなどこの王国ではありえない。しかし」
男はにっと笑い、グウィネヴィアの目を見つめ返した。
「私はただ、自分が知らないことがあることに耐えられません」
グウィネヴィアはそのにやついた顔が誰かに似ているような気がしたが思い出せなかった。
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