第1話

文字数 1,978文字

私は一生忘れない。あなたと出会った日のこと。あなたが初めて笑顔を見せてくれた日のこと。あなたが私の絵を書いてくれた日のこと。あなたが初めて泣いた日のこと。あなたが死んでしまった日のこと。私は一生忘れない。



●アロア 
教会の大理石の上で冷たくなっている親友を見つけた時、アロアは生まれて初めて後悔という感情を知った。
なぜあの時声をかけなかったのだろう。なぜ無理矢理にでも一緒にいなかったのだろう
なぜ彼に冷たくあたる父を止めなかったのだろう。
ああ・・・違う。
「私のせいだわ」
親友の亡骸の横でアロアは小さくそうつぶやいていた。その日からアロアは泣き続けた。泣いても何も変わらないとわかっていたのに、涙を止めることができなかった。
幾日か経った頃、後悔の気持ちを抱いたまま家族や村の人に一言も告げずにアロアは生まれ故郷を出て行った。
あてもなくふらふらと。



アロアは、ふと気が付くと大きな街の人ごみの中に立っていた。
どうやってここまで来たのか思い出せない。なぜなら彼女の頭の中は後悔でいっぱいで今にも破裂してしまいそうだったからだ。
だが、後悔の念だけで歩き続けることも限界がきたようで、アロアはその場に倒れこんでしまった。もう足も腕も動かすことができない。
(あの子も死ぬときこんな気持ちだったのかしら。)
そう思うと少しだけ嬉しかった。彼と同じように死ぬことで自分の罪は少しでも許されると思ったから。

●ロッシュ
 (こんな村失くなってもいい。)
ロッシュは風車小屋から青空の下に広がる小さな村を見下ろした。ほんの一か月前までここはロッシュと彼の親友達にとってかけがえのない大切な村だった。
しかし、親友の1人が死に、もう1人の親友はそのことに罪の意識を感じて村を出て行ってしまったことで、ロッシュはこの村が、人が、とても退屈なものにしか見えなくなった。
彼はまだ受け入れられずにいたのだ。親友を失ったことも、ロッシュに何も告げずに出て行ってしまった親友のことも。
ふと後ろを振り向いて風車小屋を眺めた。風車小屋は真っ黒に焼けて、ボロボロになっていた。この火事が親友であるふたりの人生を狂わせたことをロッシュはわかっていた。
(俺は、あのふたりに何もできなかった・・・。)
風車小屋から下り、ロッシュは、墓地に向かった。そこには、小さいが立派な墓がたくさんの色とりどりの花に囲まれて建っていた。
「ごめんな。ネロ」
ロッシュは、そこで初めて親友のために泣いた。
   
●アロア
そんな簡単に許してもらえるものでもないか。
アロアはベッドの上でそう思った。街で倒れた後、誰かに運ばれこのベッドの上に寝かされたようだ。窓の外からあたたかい風が入ってきてカーテンを揺らした。今すぐ立ち去りたいという気持ちはあったが、体が動かない。その時、扉が開く音がした。
「あら、目が覚めたのね。よかったわ」
扉の前には、優しい青い瞳でこちらを見つめるシスター姿の女性が立っていた。彼女の手元にはおいしそうな料理がのったお盆があった。
「・・・ここは?」
アロアは言葉を発して驚いた。声が、ガラガラだったからだ。よくよく考えれば言葉を発したのはいつぶりだったか。
「ここはね、教会よ。ま、今はそんなことより、なにか食べないとね」
シスターは持っていたお盆をベッドの側にあった戸棚の上に置き、椅子に座った。
「まずは食事をとって」
食器に伸ばしたシスターの腕をアロアは掴んだ。
「いらない」
相変わらず声はガラガラだった。青い瞳がじっとアロアを見た。
アロアはその瞳を同じ青い瞳で見つめ返した。いや、睨みつけた。
「食べないと死んでしまうわよ」
アロアはシスターの腕を掴んでいる手の力を強めた。シスターはふっと微笑んだ。
「全く痛くないわ。力が全然入らないのでしょう?断るなら、しっかり話せるようになってから断りなさい」
正直、アロアはとてつもなく目の前の食事が食べたかった。そんな自分が情けなくて、枯れたと思っていた涙がぽろぽろ出てきた。
「食べたいと思う気持ちがそんなに嫌?」
アロアは驚いて、シスターを見た。自分の心の中を見透かされたように感じた。
「いいから食べなさい」
限界だった。アロアはシスターの腕から掴んでいた手を素早く離し、食器に手を伸ばした。とにかく無我夢中で食べものを口の中に運び、コップいっぱいに注がれていた水をのどに流し込んだ。小さな村のお嬢様として育ったアロアにとって、食事のマナーというものは叩き込まれていたはずだったが、今のアロアは食事のマナーというものからは程遠い食べ方をしていた。
そんな彼女をシスターは笑顔で見つめた。
食べ物をいくら口に運んでも涙が止まることはなかった。ただただ自分が情けなかった。
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