第3話

文字数 2,313文字

●アーサー
敬意、思いやり、そして責任。全てお前は持たなくてよい。お前だけに許されているのだ。王である私の息子だけに。
人生で唯一王である父親から受けた教育がこれだった。
この教えがアーサーに沁み付き、アーサーは人に敬意を持つどころか見下し、馬鹿にし続けていた。そのためだろうか、目が覚めた時、手当をしてくれたであろう少女に対して発した一言はひどいものだった。
「貴様、その汚い手で私に触れたのか?」
少女はアーサーが目を覚ました時、顔に笑みを浮かべ駆け寄ろうとしていたが、その一言に驚いたのか、笑みを浮かべたまま立ち止まっていた。アーサーはさらに言葉を続けた。
「汚い下民が私に触るなど屈辱的だ」
アーサーは言葉を止めない。
「全く下民に手当されるくらいなら死んだほうがましというものだ」
少女は何も言い返してこなかった。その様子を見てアーサーは思った。
(私はまた傷つくような言葉を発しているのだろうか。)
一年前に三人の友人ができたことで、彼は自分の言葉が人を傷つけていることを少し自覚し始めていたが、幼少期から父親の教えを守って生きてきたため、この沁み付いた教育は彼からそうそう離れなかった。
しかし、そんな彼の言葉にも少女は笑みを崩さない。それどころかアーサーに話しかけた。
「ねえ、お腹空いてない?」
そう言って少女は部屋の奥に駆けて行った。アーサーはきょとんとした表情で少女を見つめていたが、急にものすごい空腹感に襲われた。
そうだ。私はここ何日も何も食べていなかった。
少女がお盆いっぱいの食事を持って戻ってきた時、アーサーは、そのお盆をひったくるように奪い取り、夢中で食べ始めた。裕福な暮らしをしていたアーサーにとって少女が出してくれた食事はあまりにも貧相なものであった。いつもの彼なら少女に罵詈雑言を浴びせるはずだが、今の彼はそれどころではなかった。
そんなアーサーの姿を見ても少女は笑みを崩さない。
「私、仕事がまだあるの。そのまま食べてくれていいから」
そう言って少女は部屋から出て行ってしまった。アーサーはひたすら食べ物を口に運んだ。時折むせながらも、手は食べ物を口に運ぶことをやめない。お盆いっぱいにあった食事はあっという間になくなってしまった。
コップにたっぷり入っていた水を飲み干し、ソファーに倒れこんだ。ふうっと目を閉じ、このまま眠ってしまおうかとアーサーは思ったが、ふと、少女が出て行った扉を見つめた。アーサーは起き上がり、少女の出て行った扉を開けた。
そこは、外に繋がっているのではなく、別の建物に繋がっていた。
アーサーは廊下を歩き、その建物の中に足を踏み入れた。
そこは、教会だった。
街の人だろうか、数人が椅子に座り、祈りをささげている。少女は、教壇の上に立ち、老人や子供と会話をしていた。その姿を見つめていたアーサーと少女は目が合い、先程と同じように笑みを浮かべた少女がアーサーの元に駆け寄ってきた。
「もう食べ終わったの?よっぽどお腹が空いていたのね」
「貧相な食事ではあったが、空腹を満たすにはちょうどよかった」
その言葉を聞いて、祈りを捧げていた数人が、アーサーをちらっと見た。
また、私はひどい言い方をしたのかもしれないとアーサーは思ったが、彼には何が良い言い方なのか悪い言い方なのかもはや分別がつかない。
しかし少女は相変わらず笑みを崩さなかった。
「そう?じゃあよかったわ」
よく見ると彼女は、シスターの格好をしていた。
「貴様、シスターだったのか?」
また、教会にいた数人がアーサーをちらっと見た。
「ええ。そうなの。あと少しだけ待ってくれる?もう終わるから」
少女は教壇に駆けて行き、また街の人たちと会話をし始めた。アーサーは教会の椅子に座りその姿を見ていた。
(気を失う前、たしかあいつが現れて・・・だめだ。思い出せない。
そういえば、なにかつぶやいていたような気もする。)
しかしそれがなんだったのかアーサーはやはり思い出せなかった。



1人、また1人と教会に来ていた人々は家に帰っていった。最後の1人が教会から出て行った時、少女はアーサーの元に駆け寄った。
「ここはお前の教会なのか?」
「ううん。ここは、私の恩人の教会なの」
「恩人?」
「ええ。私もあなたと同じように・・・」
少女は、じっとアーサーを見つめた。
「あなた、この辺の人間ではないわね」
「なぜわかる?」
「瞳の色が違う。この辺りの人は、瞳の色が青いの。あなたの瞳の色は金色だから」
アーサーは少女の瞳を見つめた。確かに少女の瞳は綺麗な青い色をしていた。
「そう言えば名前を聞いてなかったわね。なんて名前なの?」
アーサーは怪訝そうな顔で少女を見た。
「貴様のような下民に名など名乗りたくない」
アーサーはそう言ってから自分が失言したことに気がついた、というよりも思い出した。
以前同じ発言で、友人を酷く怒らせ、押し倒されたことを。
「あっそう。言いたくないなら言わなくていいわ」
少女は軽くそう返した。
「貴様、私の言葉に何も思わないのか?」
少女は不思議そうな顔をしてアーサーを見つめた。
「何を?」
「だから私の」
アーサーの背筋に寒気が走り、くしゅんとくしゃみが口から飛び出した。
少女はそんなアーサー見て優しく微笑んだ。
「ここは冷えるし、家に戻ってゆっくり話しましょう?」
そう言って、ドアノブに手を掛けかけた時、少女は思い出したように言った。
「あ、私こそあなたにまだ名前を言ってなかったわね」
少女はアーサーに振り返った。
「私の名前はアロア。よろしくね、名無しさん」
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