第2話

文字数 1,858文字

●アーサー
手が今にもかじかんでしまいそうだったのでアーサーはコートのポケットに手を突っ込んだ。結局、ここの店でも相手にされなかったなと思いながら青く澄んだ冬空の下に浮かぶ街並みを見廻した。街は空の色と反対に灰色に荒んで見えた。ふと路地裏を見ると子供がゴミを漁っている。
(この街はだめだ。いやもう国自体がだめだ。)
「全部あいつのせいだ」
思わず声にだしてつぶやいていた。
「おい、お前止まれ!」
はっと我に返り、声のする方を見た。声をかけて来た男は青空と同じ色の服を着ており、その上には分厚い白いコート。黒く光ったズボンを履き、そして手には大きな銃。行きゆく人々は皆薄く灰色のような服を着ていたためか、その格好はとても高貴なものに見えた。相変わらず派手な軍服だ。
何か用か?と言いかける前にアーサーは敬語というものの存在を思い出した。
「国王軍の方が僕に何かご用ですか?」
ひどく棒読みな問いかけになったが、アーサーは気にしない。
「お前、この辺りでは見かけない顔だな?親はどうした?」
にやついた国王軍の男の顔を見て、雑用を押し付ける孤児でも探しているのだとわかった。
王国の西側を旅している最中に国王軍が孤児を捕まえては、雑用させているのをアーサーは何度も目撃していたからだ。そして、雑用を終えた子供たちに報酬を与える代わりに暴力を振るっているところも何度も見た。
「僕の親は」
適当な言い訳を考えていた時、男がアーサーの担いでいる荷物をじっと見つめていた。
その様子を見てアーサーは自分の情報がすでに出回っていることを察した。
「お前、まさかそれは剣か?」
アーサーは、今まさに問われたその荷物を両手でつかみ、勢いをつけて男の顔面にむかって殴りつけた。男が顔を押さえ、よろめいて倒れたのを見ると、その場から走って逃げた。
「だれかそいつを捕まえろ!」
後ろでそう叫ぶ声を聞きながらとにかく走り出していた。
(捕まるものか。これだけは絶対に渡さない。)
なんとか路地裏に逃げ込んだものの空腹と疲労で走る気力はもう残ってはいなかった。
腹が空いた。ここ何日か何も食べてない。
アーサーは路地裏の壁にもたれて座りこんだ。
それにしてもここが大きい街で助かった。少し路地裏にいけば隠れるところがたくさんある。国王軍が私の情報を知っている以上下手に大通りは歩けない。
ふうっと息を吐いてアーサーは目を閉じた。そのまま深い眠りに彼は落ちていった。




「見つけたぞ」
低い声が聞こえ、アーサーは目を覚ました。
(しまった。眠ってしまっていたのか。)
アーサーの目の前に曲がった鼻から血を流している男が立っていた。
男の背後には、同じ服を着た男達が数人立っている。
(仲間を呼んだか。)
アーサーは立ち上がろうとしたが、足に力が入らず立ち上がることができない。
男がアーサーの服を掴んだ。
「お前、王命で出ていた盗人だな?何でも城から高価な剣を盗んだようじゃねえか」
男はアーサーを地面に叩きつけ、足で踏みつけた。
「王命では、生きたまま捕えろとでている」
にやついている男の顔をアーサーは睨みつけた。彼にとって踏みつけられることは死よりも耐え難い屈辱的なことだったからだ。
「だが、その王命には続きがあって、ただし、抵抗する場合は腕を切ろうが足を切ろうが構わないと。見ろよ。この俺の鼻」
男は曲がった鼻をアーサーの目の前に見せつけた。
「こんなに曲がちまったんだぜ?だからちょっとぐらいお前の鼻も曲げちまっても王様でも文句は言わないってことだ。わかるな?」
アーサーは確信した。
(父は、私がどうなっても構わないのだ。自分のためなら。)
突然、腹にものすごい衝撃が走った。痛みで思わず吐いていた。吐くものなど元々胃にはなかったから血が地面に飛び散った。
見上げると悪魔のような顔をした男がアーサーを見下ろしていた。後ろに立っていた男たちがアーサーの両腕を掴み、鼻が曲がった男の前に彼を膝まずかせた。
「それじゃあまずはさっきのお返しといきますか」
アーサーは目を閉じて思った。
(ガウェイン。貴様ならどうする?)
その時、なにか物がぶつかる音が聞こえた。
アーサーは瞼をゆっくり開けると、鼻の曲がった悪魔が倒れていた。
(何が起こったのだ?)
倒れた男の後ろに少女が立っていた。少女はアーサーをじっと見つめて何か呟いた。
アーサーには、少女が涙を流したように見えたが、見返す間もなくそのまま意識を失ってしまった。
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