第19話 オフサイト調査⑤

文字数 1,473文字

 翌八月二十二日火曜日。例によって社長に会社一番乗りを譲った後の午前七時二十分。早朝にしては珍しく久保田からのチャットが入った。

「比良坂PCのリモート操作が可能になった。室長のノートPC画面をサブモニタにして、常時映せる。比良坂のPCカメラとマイクもアクティブにしてある。日本側からのアクセスは気付かれないし、画像と音声が向こうに行くことも無い。操作手順はクラウドサーバに置く」

「比良坂のWEBサイト閲覧記録と、キー操作ログも欲しい」

「閲覧履歴はすぐに取る。サーバに置いておく。キー操作はこれから仕込むから待っていてくれ」

「特定のサイトにアクセスした時のキーログは採れるか?」

「ご要望とあれば」

「閲覧履歴を見てから連絡する。ありがとう」

 比良坂はノートPCを持ち出していたので、情報を取るのは難しいと思っていたのだが、久保田なんともは恐ろしい男だ。これでは、自分もいつどんなサイトを見られているかバレてしまうでは無いか。今後はなるべくヘンなサイトを見るのはやめよう。仕事中は。

 八時半の始業まで、比良坂の閲覧履歴を自分のブラウザにペーストし、怪しいサイトのリストアップをした。
アヤシイと言っても、銀行サマなのだが。

 候補を久保田に伝えて、午前は通常業務に戻る。月末払い経費計上伝票の承認ばっかりだ。ERPシステムを導入したと言っても日本の会社、証憑類を添付した『伝票』に、ハンコがなければ支払承認いたしません。ここで経理部長が承認してERPシステムに会計データとして取り込まれ、今度は振込データとなってまた経理部長サマが承認し、ネットバンクで二段階の特殊パスワード(送金額の一部を計算式で暗号化)を使って送信する。
 俺も結構危ないことやってるんだな。誰かが常時俺を監視してるわけではない。まあ、不正をやれば、早晩絶対バレるように組織を作ってあるから。それが内部統制ってものでしょう! 自画自賛、おいら内部統制評価指導士。

 ケイコも時々チャットで進捗状況を伝えて来る。マネジャーから委託倉庫への出庫依頼がメール添付の依頼書で 行われていると報告があった。出庫依頼は全て残すように指示する。


 昼。たまにはラーメンの気分で麺のレーンに並ぶと、呼んでもいないケイコに引っ張り出されてランチの煮魚に変更。精の付くものが食べたいと反発するも、足りない分はサラダにしなさいと、二鉢も取らされた。食器の底に埋め込まれたICチップで金額が合計され、レジゲートのリーダーに首からぶら下げた社員証(IDカード)をタッチして読ませ、来月の給料から食費が差し引かれるシステムである。

 午後も月末払いの伝票チェック。ケイコさんも月次ルーチンの仕事で忙しい。特命調査室、本業多忙につき、開店休業じゃサマにならん。思い立って久保田にチャットコール。

「比良坂の画面、ストリーミングして、サーバに落としてくれ。ライブでは見てられん」

「室長がネシアにアクセスしていないようだから、今朝からやってる。サーバのneisia 下のstreamフォルダに日毎フォルダ作って落としておく。一時間分ずつファイルを作る。WEBカメラの分も作ってある。音声付きだ。今朝依頼のキーログは自動取得するようにしかけた」

 さすがに久保田は仕事が早い。この件がうまく片付いたら、Aランクの査定してやらねばなるまい。
 それにしても手が足りない。隠密仕事はつらいもの。誰にも助力を頼めぬこの辛さ。
 結局、この週はそれ以上の大物が釣れるなかった。
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登場人物紹介

地方都市で急成長中の精密機器メーカーの経理部長。

実は特命監査室長

技術憧憬癖があり、無線マニア、飛行機マニア。

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