第11話 シンメカ・インドネシア

文字数 2,654文字

 シンメカの海外展開は、当初商社経由、やがて現地ディーラーとの契約、そして取扱量が増大したところで、現地法人を立ち上げて、販売チャネルの開拓をしていくプロセスで発展を遂げてきた。
 最大市場の北米大陸、アメリカ合衆国が最初の現地法人。次いでEUを代表してオランダ(保税倉庫と付加価値税の繰延で有利)、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアと、欧州主要国をカバーした。
 中国は当初ローエンド機の生産拠点、やがて販売拠点を作った。東南アジアの拠点として、シンメカ・シンガポールを作ったのが八年前。オランダ同様、保税倉庫などが有利に使えるため、東南アジア唯一の拠点とする予定だった。

 ところが三年前、突然インドネシアへの直接進出が決まった。現地の機械ディーラーを買い取ってくれという要請があったのだ。
 話を持ち掛けてきたのは、耶蘇銀行である。およそ海外取引とは縁の無さそうな地方銀行が、どこから案件を持ってきたのか不明である。日系資本であった事実も無く、最初から華僑資本ということだった。
 現在も営業中であり、営業や管理の人材は整っており、すぐにでも開業可能なところは、プラス評価である。発展途上国は、往々にして外資規制があるが、業種がネガティブリスト(規制対象)には上がっておらず、後で面倒事が起きそうな合弁とならずに済むところも悪い条件ではなかった。

 耶蘇銀行系のコンサルタント会社が入ってデューディリジェンス(DD:企業価値査定)をおこなったが、レポートでは企業価値に特段の問題は出てこなかった。しかし、そのレポートを見た篠崎は、十分なDDが行われていないと感じた。税務DDが落ちており、SWOT(Strengths:強み、Weaknesses:弱み、Opportunities:機会、Threats:脅威)分析にも恣意性が感じられた。当時まだ経理課長だった篠崎には、買収稟議に意見を述べる権限は無かったが、どうもアヤシイということは、セイジ社長に、社員食堂で昼食を食べながら伝えておいた。和文モールス符号で交信する同じ無線オタクとして、入社時から親しくして貰っていたのだ。

 それでも、耶蘇銀行の強力な要請と、国内で覇を競い合うライバル、浜中精機がインドネシアに拠点を作ったことで、本件ネシア現地法人買収による進出にゴーサインが出た。
 
 シンメカ・ネシア社長には、耶蘇銀行シンガポール支店配下のジャカルタ出張所長を二十年務めた、この年に五十歳になる比良坂を推薦された。現地語に堪能、コネクションが広いので、うってつけと言うのが、耶蘇銀行の売り文句だった。
 なぜ二十年も駐在員をしていたのか、理由は説明されていない。篠崎はそこに疑念を抱いている。
 シンメカは海外展開を進めているとは言うものの、そのための人材が不足していた。英語圏ならばまだ社内から選出できたが、インドやブラジルといった発展途上国への進出は適任者がおらず、現地日本人商工会経由で人材を募って充当した。が、概ねハズレ人材を掴まされている。
 現地進出日系企業の日本人が、会社撤退後も敢えて現地にとどまるというのは、多かれ少なかれ、日本に戻れない何らかの経緯(いきさつ)を抱えているのだ。

 シンメカ・ネシアの開業に際しては、グループ会社共通の全社的統合情報システムERPを導入させたのだが、売上と仕入に関わるモジュールの使用については、比良坂から強い異論が出された。
 現地語でのインボイス発行が必要であるので、以前からこの会社で使っていたシステムを続用する方が合理的というのが、論拠である。

 大抵の国では英語のインボイスで通じるのだから、グループシステムポリシーに従えと命じたのであるが、これが通らなければ社長は降りると比良坂が言い出したので、やむなく現地版受注売上・購買在庫システムの続用を認めた。

 そしてシンメカ・ネシアが営業を開始した。たいていのサブシステムは全データを基幹システムに取り込めるのだが、現地語文字コードがERPでは読み取れないと言う理由で、月末に仕入・売上のデータは取引先ごとに、一行の仕訳でバッチ入力されたのみだった。
 摘要文字はいらないから、金額と取引先だけERPにつなげと命令したのだが、現地のSI‘er(システムインテグレータ)は、『不能』とだけ言って寄越した。シンメカ本社のSEを派遣して適合させようとしたのだが、システム管理者権限IDとパスワードを教えてもらえず、何もできないまま追い返されてしまった。

 初年度は大抵の拠点が赤字なので、ネシアの赤字も想定内だった。進出時経営計画では、三年度目から黒字転換、五年目で累損一掃となっていた。

 ところが、ふたを開けてみたら、初年度から僅かな黒字。次年度は期末の追い込み売上が急伸し、日本円で売上十五億円、最終利益一億円を叩き出した。グループ内では七位のシンメカ・フランスに比肩する業績である。

 三年目、つまり今年の一月から比良坂のネシア内拠点の積極展開が始まった。
 あっという間に、創業会長を説得し、ネシア内五か所に営業・メンテナンス拠点を設置してしまった。
 篠崎が一月に経営会議で提案を聞き、二月に稟議が回ってきて(篠崎は消極的意見:カリマンタンだけにして、様子を見よう)決裁され、来年度にオープンかな、と思っていたら、五月には五拠点一斉オープンセレモニーが、本社会長社長が来賓に呼ばれて派手に行われた。

 銀行マンらしからぬ積極的営業展開に、篠崎は違和感を覚えた。何もかも早すぎる。提案から四カ月で事務所を探し、契約し、カンバンをかけ、内装をし、什器備品を揃え、営業開始などできる訳がない。従業員はどこから湧いてきた? 
だが、計数的には異常が見られない。取引先別売掛金の年齢調べ(エイジング)も問題無し。売掛金確認状の回答も金額一致で返ってきている。
 六月には内部監査室と監査役が監査に赴いた(復路に滞在したバリ島に何の用があるのか知らないが)が、アラ探しの大好きな監査室にしては珍しい『問題なし』という報告が上がっている。
 監査法人が気にする、『減損の兆候』も発生していない。否、むしろ逆で、国内はもとより、全世界レベルで毎月経理部長シノザキを悩まし、担当会計士から減損処理を迫られている長期在庫が無い事に、篠崎の中のCFE(公認不正検査士)は、『不正の兆候(RED FLAG)』の影を感じていた。
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登場人物紹介

地方都市で急成長中の精密機器メーカーの経理部長。

実は特命監査室長

技術憧憬癖があり、無線マニア、飛行機マニア。

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