腐ったミカンの方程式 その3

文字数 920文字

 ミカン党の秘密のアジトでは、通信機を前にした連絡班の男が、マイクロフォンに向かって必死で呼びかけていた。「こちらMPH(注:ミカン党本部の略)、こちらMPH、PND(注:パンダの略)応答せよ、PND応答せよ、繰り返す、PND応答せよ!」するとガーガーという空電に混じって応じる声があった。「こちらPND、こちらPND、只今敵と交戦中。判明した事実が一つある。記録せよ。敵の弱点は『腐ったミカンの方程式』。繰り返す、『腐ったミカンの方程式』」パンダの声は冷静だった。連絡班の男は前のめりになって叫んだ。「こちらMPH、詳細を述べよ、詳細を述べよ!」スピーカーからは、沢山のわめき声に混じってパンダの声が切れ切れに響いた。「詳細は…、方程式の…、詳細は…」連絡班の男と、彼の背後に立つミカン党幹部たちは、固唾を飲んで耳を傾けた。すると音声が急に明瞭になった。「いまから言うぞ、方程式の詳細はだ!」通信室中にパンダの声が響いた。「おととい聞きにきやがれタコどもおおお!」ブチンと通信が切れた。連絡班の男は悲痛な顔で振り返った。「コードネーム・パンダが堕ちました」ミカン党副党首の教頭先生がスダレ頭を俯けて言った。「彼は尊い犠牲となったのだ。彼のために祈ろう」
 その頃、コードネーム・パンダは肉襦袢を脱ぎ捨ていた。彼は緑青色の顔になり、腐ったミカンたちにすっかり溶け込んで、「ジン、ジン、ジンギスカーン」と歌いながらステップダンスを踊っていた。
 副党首は顔をあげ、メガネの奥で目を光らせて言った。「ゴールデン・エイトを呼べ」地下の職員室に動揺が走った。「あの狂犬を…」「あまりに危険ではないか…」すると党首の女校長先生が考え深げに言った。「毒をもって毒を制するというわけね…」副党首が無言で頷く。党首は諦めたように言った。「いいわ。彼に賭けましょう」

 暮れなずむ街を、人影がひとつ歩いている。小柄な男だ。男は夕陽に照らされた舗道がビルの影に入り込む境目で立ち止まり、「はて、誰か俺を呼んだかな」と呟いた。彼は真っ赤な夕焼け空をみあげた。口元に歪んだ笑いが浮かぶ。「ククク、どうやら明日は血の雨がふりそうだぜ」男は背を丸めて再び歩き出した。(続く)
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