腐ったミカンの方程式 その2

文字数 1,799文字

「しっかし"センコー"どもは"ムカつく"ぜえ」ウンコ座りをした腐ったミカンたちが定番の話題を繰り広げている。センコーどもというのはミカン党のことだ。確かになぜか、ミカンカビの感染を逃れた人間は中学教師ばかりだったのだ。コードネーム・パンダは車座に交じり、対ミカンカビ仕様の肉襦袢の中で聞き耳を立てていた。「な―に"言って"やがんでえ」髪をチリチリにした女の腐ったミカンが長いスカートに包まれた片足をどんと踏み出し、甲高い声をあげた。「あたいらは"無敵"だよ!」パンチパーマのグラサンが「たりめ―よ!」と応じる。「あいつらが俺らに"上等"こくにゃあ"百億光年"早ええんだ!まだ"先カンブリア紀"って奴よ。泥に埋まって"三葉虫"でも喰ってやがれ!」身の丈に合わない語彙を好んで使うのも腐ったミカンたちの特徴だ。三角定規のような剃りこみを幾つも入れた大男が「おうよ」と続けた。「"センコー"の奴らは"方程式"を知らねえ。"腐ったミカンの方程式"さえ押さえてりゃ、俺たちに"負け"はねえ」「そこよ」とパンチ。彼はチッチッと指を振りながら一同を見回した。「"センコー"の奴らにゃ俺らの"方程式"は"絶対"に知らしちゃならねえぜ!」緑色の顔たちがコクンと頷く。コードネーム・パンダの心臓が早鐘のように鳴った。敵の秘密の核心に、こうもあっさりと近づけるとは!彼ははやる心をひた隠しにして、ガハハと高笑いした。「確かにちげえねえ!」そしてILMに特注したツルツル頭をコンコン叩きながら続けた。「だがよう、俺はちーとばかし"ココ"が弱くてよう」腐ったミカンたちも大笑いした。「俺たちゃ"皆んな"そうじゃねーか、"アニキィ"!」フレンドリーな雰囲気にパンダは勇気を得た。彼はラバー製の太い首をウーンと捻って続けた。「その"方程式"ってのを、いっつも忘れちまうんだワ。どんな"式"だったっけか」すると沈黙があった。目を上げたパンダの背中を戦慄が走った。今しがたまで野放図な笑い声をたてていた腐ったミカンどもがピタリと静まり返り、不気味な眼差しをじーっと彼に注いでいる。と、男が一人、タックだらけのズボンのポケットに手を突っ込んで、オラオラオラと近寄ってきた。田舎の暴走族のロケットカウルみたいなリーゼント頭をしている。彼は魚が死んだような目でパンダの顔を覗き込んだ。「"アニキィ"、今、"何"つった?」パンダは慌てて答えた。「いや、今思い出したぜ、方程式をな!」リーゼントは横を向き、櫛で髪を整えながら言った。「"アニキ"、方程式じゃなくて"方程式"だぜ。" "を忘れるたあ"おかしい"じゃねえか」するとブリッコカットにハチマキの腐ったミカン女がキンキン声で言った。「おいおい、こいつもしかして"センコー"じゃねえかァ?」すると緑青色のツッパリたちが口々に叫んだ。「そうだ、"センコー臭え"ぜ、こいつ」腐ったミカンたちは手に手に得物をつかむと、コードネーム·パンダにじりじりと迫った。デスマスクのような緑青色の顔、顔、顔が、白目に殺気をたぎらせて距離をつめてくる。巨漢のプロレスラーは、情けない声をあげて後ずさった。「ま、待て!」だが、分厚い仮面の後ろで、パンダはニヒルな笑みを浮かべていた。(所詮、殺し殺されるのが俺の定めか)彼は後ろに引くと見せかけ、反動をつけて巨体を跳躍させた。リーゼント頭の顔面にエルボーが炸裂する。長ランに包まれた細身が空中で一回転した後、どうと地に伏した。薄緑色の埃がパッと舞い、動かない体の周りで波紋のように広がった。腐ったミカンたちは猛り狂い、毒カビを煙のように振り撒きながら、一斉にコードネーム・パンダに襲いかかった。(続く)
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