腐ったミカンの方程式 その4

文字数 1,643文字

 翌日、居並ぶ教師の前で、彼、ゴールデン・エイトは、長い金髪をかきあげながら言った。「俺は俺のやりかたでやるぜ。文句がある奴は前に出な」ミカン色をした教師たちは皆俯き加減で、さすらいの殺し屋と目を合わせようとしない。ゴールデン・エイトは早速、防護服に身を固め、単身で敵地に乗りこんだ。そして角刈りにサラシというゾク仕様の腐ったミカンを易々と拉致してきた。彼はアジトの一室に彼を監禁し、恐るべき拷問を加え始めた。校長先生は顔をこわばらせて「ちょっとやり過ぎじゃない?」と言ったが、ゴールデン・エイトはどこ吹く風だ。「相手を人間だと思っちゃいけませんぜ。どうせ腐ったミカンです」彼はそう言って髪をかきあげ、ニヤリと笑った。「なに、奴はすぐに音をあげますよ」
 ロッカーが並ぶ男子更衣室が腐ったミカンの監禁場所だった。緑青色の角刈りは、部屋の真ん中で椅子に括りつけられている。目は血走り、口元から泡が吹き出していた。「こ、殺せ!」苦悶に身をよじりながら彼は叫んだ。彼が縛りつけられている椅子の正面にミニコンポが置かれ、「なごり雪」が大音量で流れていた。イルカと森田童子を代わりばんこに聞かせるという、腐ったミカンにとって、これ以上ないというくらいの残酷な拷問が行われていたのだ。するとガチャリとドアが開き、防護服とガスマスクで身を包んだゴールデン・エイトが入ってきた。「よう、調子はどうだい」椅子にくくられた角刈りは、歯を剥きだして叫んだ。「テメエの"血"は"何色"だ!」ゴールデン・エイトは「赤いさ、お前らは緑色だろ」と言いながらカセットを止め、虜囚の正面に椅子を持ってきて、どっかりと座った。サディストの教師は、ガスマスクごしのくぐもった声で「俺は鬼じゃねえ。その証拠に差し入れを持ってきたぜ」と言い、シングル盤のジャケットを差し出した。横浜銀蝿だ。腐ったミカンは一瞬大きく目を見開いたが、すぐに顔を背けた。「ケッ、そんな"ジャリ騙し"にほだされるかい!」するとゴールデン・エイトは「ほう」と言いざま、隠していたもう片方の手を差し出した。「なら、こっちはどうだい」彼が持っていたのはLP盤のアルバムだ。ジャケットを見た途端、腐ったミカンの目がうるんだ。「"永ちゃん"…」エイトがアルバムを持った手をヒラヒラさせると、それを追って、角刈りの目が泳いだ。「そうだ、矢沢の最新アルバムだ。今まで俺の責めによく耐えたな。ほうびに聴かせてやる」エイトは中身を取りだして、ターンテーブルに乗せ、針を落とした。腐ったミカンが狂おしい目を注ぐ中、レコードが回り始めた。するとやたらにじめじめした裏日本的な前奏がはじまり、低い女の声が恨みがましい歌を歌い出した。「ゲボオッ」拒絶反応を起こした角刈りが吐いた。「てめえ…」彼が上目遣いに睨みつけると、ゴールデン・エイトがしれっと言った。「おっと中身が違っていたようだ」彼は回転するレコード盤を「えーっと」と言いながら覗き込むと、マスクからはみ出した金髪頭を掻き掻き言った。「失敬、失敬、山崎ハコだった」暗い情念たっぷりの歌が響く中、ゴールデン・エイトは立ち上がった。「ま、せっかくだから、最後まで聴いてみろ。三曲目が中々いいぞ」彼はカラカラと笑って出口に向かった。その背中を悲鳴が追いかけてきた。「ま、待て!」ゴールデン・エイトは立ち止まり、マスクの中でニヤリと笑った。
 数分後、校長室のドアがノックされ、ゴールデン・エイトが入ってきた。彼は校長が見守る前で、机の上に紙の切れ端を置いた。「ちょろいもんでしたぜ」校長は紙を手に取った。メガネのツルに手をやりながら、目を走らせる。眉の間に皺が寄った。「何?これ」紙には数式が殴り書きされていた。

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 ゴールデン・エイトが金髪をかきあげて言った。「どうやらこれが、腐ったミカンの方程式らしいですな」
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