第一章 2
文字数 1,072文字
「林由美様ですね?」
目の前の男が言う。
「では林様はどうなさいますか?」
私は少しうつむいて考えたが、すぐに口を開いた。
「では私は……記憶を消しません! ここに待たせている人がきっといるんです。もしいなくてもそれでいいんですが、彼に会うまでこの記憶は消すわけにはいけません」
私がそう言った途端、目の前の彼は頭を抱えてうずくまった。ふと彼の胸ポケットに入っている綺麗な紫色をした花がミヤコワスレであることに気がつく。
「だ、大丈夫ですか? あとその花ってもしかして」
私がその名を口にしようとした途端彼は光に包まれた。眩しくて閉じた目を開けるとそこにいたのは、あの時のままの彼だった。
「祥……哉? 君だったの?」
そう声をかけて、私もあの頃の姿に戻っていることに気がつく。
「これ……どういうこと?」
「私が説明しましょう」
振り返ると、彼よりは少し年上に見える女性がさっきまでの彼のように白いスーツに身を包んで立っていた。
「あなたは……?」
「私は彼よりもずっと前からここにいる天使の一人です。彼には少しの間、その姿を変えて私達の仕事を手伝ってもらっていたのです」
私は彼の方を振り返るが、彼は何やら困惑している様子だ。
「そ、そうだったの?」
彼はよろめきながら立ち上がり、私の顔を少し見た後、女性の側に行ってこちらを向いた。
「ど、どちら様でしょうか?」
「……え?」
「先程、涙の記憶を無くして来世に向かうか、その記憶と共にここで束の間の楽園を享受するか、その選択肢があると申し上げましたよね?」
彼女は少し微笑んだまま表情を変えずに続ける。
「60年程前、彼がこちらにいらした時、彼のした選択はその前者でした」
私は膝から崩れ落ち、床に手をついた。
「ただ、消された記憶も含まれますので詳しくは答えかねますが、彼のご希望により林様が見えられるまではここにいさせて欲しい、ということでしたので記憶もなく長い間待つよりは他の方の人生を聞いて楽しんでいただきたい、と私共の仕事を勧めさせて頂いたのです」
彼の方を見やるが、どうやら正しいらしく、彼女の言うことには疑問を示していないようだった。
「じゃあ今彼は……」
「ええ、林様に関連することはもちろんほとんど前世の記憶がない状態です。林様が宜しければ、これからご一緒に転生の扉へと向かわれます」
気がつくと隣には高さ十数メートルはあろうかという大きな扉が立っていた。人間や、動物、植物や食べ物など様々なありとあらゆる物の彫刻が施された、金属質な扉だ。
彼は私に近づき、手を差し伸べる。
「一緒に行って頂けますか?」
目の前の男が言う。
「では林様はどうなさいますか?」
私は少しうつむいて考えたが、すぐに口を開いた。
「では私は……記憶を消しません! ここに待たせている人がきっといるんです。もしいなくてもそれでいいんですが、彼に会うまでこの記憶は消すわけにはいけません」
私がそう言った途端、目の前の彼は頭を抱えてうずくまった。ふと彼の胸ポケットに入っている綺麗な紫色をした花がミヤコワスレであることに気がつく。
「だ、大丈夫ですか? あとその花ってもしかして」
私がその名を口にしようとした途端彼は光に包まれた。眩しくて閉じた目を開けるとそこにいたのは、あの時のままの彼だった。
「祥……哉? 君だったの?」
そう声をかけて、私もあの頃の姿に戻っていることに気がつく。
「これ……どういうこと?」
「私が説明しましょう」
振り返ると、彼よりは少し年上に見える女性がさっきまでの彼のように白いスーツに身を包んで立っていた。
「あなたは……?」
「私は彼よりもずっと前からここにいる天使の一人です。彼には少しの間、その姿を変えて私達の仕事を手伝ってもらっていたのです」
私は彼の方を振り返るが、彼は何やら困惑している様子だ。
「そ、そうだったの?」
彼はよろめきながら立ち上がり、私の顔を少し見た後、女性の側に行ってこちらを向いた。
「ど、どちら様でしょうか?」
「……え?」
「先程、涙の記憶を無くして来世に向かうか、その記憶と共にここで束の間の楽園を享受するか、その選択肢があると申し上げましたよね?」
彼女は少し微笑んだまま表情を変えずに続ける。
「60年程前、彼がこちらにいらした時、彼のした選択はその前者でした」
私は膝から崩れ落ち、床に手をついた。
「ただ、消された記憶も含まれますので詳しくは答えかねますが、彼のご希望により林様が見えられるまではここにいさせて欲しい、ということでしたので記憶もなく長い間待つよりは他の方の人生を聞いて楽しんでいただきたい、と私共の仕事を勧めさせて頂いたのです」
彼の方を見やるが、どうやら正しいらしく、彼女の言うことには疑問を示していないようだった。
「じゃあ今彼は……」
「ええ、林様に関連することはもちろんほとんど前世の記憶がない状態です。林様が宜しければ、これからご一緒に転生の扉へと向かわれます」
気がつくと隣には高さ十数メートルはあろうかという大きな扉が立っていた。人間や、動物、植物や食べ物など様々なありとあらゆる物の彫刻が施された、金属質な扉だ。
彼は私に近づき、手を差し伸べる。
「一緒に行って頂けますか?」