第六章 3

文字数 1,050文字

 僕達が付き合い始めてしばらくした頃、その日は雨だったので、自転車ではなく二人で傘をさしながら帰っていた。そういえばこうやって2人で並んで歩くのは初めてかもしれない。自転車だったらどちらかが後ろになっていたし、横並びというのは何だか不自然な気がする。
 どこへ行くとも話すこともなく、なぜかなんとなくいつもの公園へ僕達はむかっていた。

「そうそう、それでこの前あの子がさ私の元カレのこと好きになったとか言い出してさ! 笑っちゃうよねーほんとははは。いやー、あの子に言うべきかなーどうしよ」
 二人でというかほとんど彼女が喋っていたのだけれど。せっかくの部活のオフなのに僕なんかとこんなことをしていていいのだろうか。
「とか言ってたの! やばくない?」
 内容なんてまあ正直半分聞き流してたけど、彼女と喋られるだけで十分だった気がする。
「うんうん、楽しかったんだね」
 僕は彼女の手を握った。多分、これが初めてだったと思う。
「……えーそれだけ?」
 彼女も握り返してくれた。傘でお互いの顔がよく見えないのが幸いだ。きっと僕の顔は火照りまくっているに違いない。
「……このことばかり考えて絶対話聞いてなかったんでしょ。ほんと意気地なしだねー」
 彼女はその言動とは裏腹に意外と照れ屋で、悪くいえばプライドの高い子で、あまり弱みを見せてくれない。僕も負けないくらい感情を表に出すのが苦手だと思うけど、僕がやらないといけない、そういう気になるのだ。
「え? なんのこと?」
 彼女の手は小さく、柔らかかった。
「私はずっと考えてたけどね」
 そう言って僕の手を引いた彼女は僕の頬にキスをした。
 やっぱり彼女には(かな)いそうにない。

「ベンチ、びしょ濡れだね」
 公園の入り口で彼女が言う。
「しょうがないね、今日は帰ろうか」
 そう僕が言うとまた彼女は僕の手を引いて、次は唇にキスをした。
「今日なら家来てもいいよ」
 耳元でそう言われ、聞き返すと
「何でもない。じゃあね」
 そう言って少し僕から離れた後、満面の笑みで彼女は振り返る。僕も同じ方へ向かって歩き出した。

 横並びに歩くより、やっぱり僕はこうやって彼女の後ろ姿を見ているのが好きだ。何だか、彼女が楽しそうにしている後ろ姿を見るていると僕も楽しくなる気がする。漫画や物語の世界で雨が降る時は悲しい場面の演出であることがほとんどだが、結局フィクションなんだなと思う。これこそがきっと幸せなのだと、そう感じていた。まさしくミヤコをワスレる程に。
 何も言わず彼女は歩き続け、僕はその後をついていった。
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