第五章 4

文字数 955文字

 2週間程経ったその日、放課後部活が終わった後忘れ物を取りに私が教室へ向かうと、そこにはあの彼の姿があった。
 どうやら1人で勉強をしていたようで、教科書やノートをバッグにしまっているところだった。忘れ物をとって私も帰ろうとしたが、まだなぜか私の彼氏であるあの男に言われたことを思い出した。

「誕生日おめでとう!」
 私がそう言うと彼は手を止めてこちらを見た。
「あれ? 違うの? 誕生日だって聞いたんだけど」
 彼が作った数秒の沈黙の間に私の顔はすでに赤く染まっていた。と、思う。いや、そうだったと後に彼に言われた。
「いいや合ってるよ、ありがとう」
 あまり表情を変えずに彼はそう言って、私を置いて先に行ってしまった。それが照れ隠しだったのを知るのはもうしばらく後のことだ。

 それからというもの、部活が終わると私はすぐに教室に戻り、彼が帰るまでそこで話かけもせず漫画を読んでいた。部活のない日は最初から教室に行き、彼と同じように勉強したりもした。あの男と過ごす放課後よりかはいくらか有意義な時間だったと思う。

 そこからまた何週間か経った日、彼が私に初めて話しかけてきた。
「あいつとは別れた方がいいと思うよ」
 こちらを見ずに、机に向かったまま彼は言った。
「え?」
 驚きよりも嬉しさが勝ったのはまだ彼にバレていない。
「ご、ごめん。でも友達としてはいい奴だけど、だからこそ色々知ってる。林さんなら——」
 私は嬉しくなって彼の横の席に座って、こちらも彼のことを見ずに教科書を開きながら言った。
「もう別れたよ。ありがとう。ふふ」
 少し彼の口が緩んだようにも見えたが、気のせいだったかもしれない。
「ねー君さ、勉強ばっかりして疲れない? ほんとは私たまに漫画読みながらやってたの。ははは。読んでみる? 最近はまってるんだ」

 何かの歌の歌詞にあったが、彼との毎日はまさに『*右利きのハサミを左手で無理に切り続けるような』日々だったと思う。
 決して完璧でも派手なわけでもないし、みんなが羨むようなものではなかったかもしれないけど、私達にとっては素敵でかけがえのない日々だった。言葉を重ねるほど陳腐になりそうで、私も彼も他人に多くを語るのを嫌った。私達だけが知っていれば十分だと、そう思ったのだ。



*シザースタンド - Radwimps より
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