第1話 焚書用デパート

文字数 1,169文字

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 春の空に花のこぼれる、手のひらに傷、電車の窓から光ながれて、学校からの帰りに図書館に寄る、これが僕の毎日のディシプリンだ。春も秋も、夏に冬、その図書館は僕が産まれる前から存在し、その役目を「存在する」こととしている。休館日には庭の手入れをほどこして、雪が降れば石灰を撒く、区立でも都立でもなく誰の所有かも分からぬ木造老建築である。

 手のひらの傷は子どもの時に自分で付けた傷だ。太陽の光が其処だけ強く光り照らして、目に眩しくて、思わず机の角に強く何度もたたきつけた、誰にでもあるような変哲ない傷痕である。たまに日光に紛れさせて形を洗うように確認しては薄れゆく少年時代に柵を渡る。小学校の授業が退屈であった。愉しみは放課後、混雑を避けて木に登り、林の向こうに聳え立つ四階建ての建造物、「本のデパート」を見つめることだった。秋冬には庭焚きの煙が空に伸びて、向こう春には滝のような花吹雪を片付けるに苦労な、古い桜の並木に囲まれていた。


「椿屋くーん」僕の名だ。「椿屋っ」誰だ?、振り返ると同じクラスを取っている級友二人、佐藤と木村が僕を呼んでいた。今日は約束をしていた。「古い文献の置いてありそうな古書館」、実際はそうではないのだが、目の前で取り留めなく東京都を地図で巡っている級友ふたりに、紹介しても構わないだろうと、呪術のお祓いとは違うが一日一回の厄介払いを申し出た。それまでこの二人とは碌に話もしたことはなかったが、ただそれだけで話してみれば人間味のある話で盛り上がる、佐藤ゆかりと木村ゆずる、二人を僕のバイト先に招待した。

 駅からは徒歩十五分、歩きながらの談話で二人が見た目以上の深い間柄でないことは理解した。佐藤はロシア語専攻で木村は英米文学、特に佐藤ゆかりは父親がロシア文学者で、本人が笑いながら言うには「親の言うこと聞くだけ聞いとけば、聞きたくないときに取引が出来るでしょ?」、僕も笑ってしまった。木村はつまらないことを言う質で、「社会的病巣としての先進国家アメリカを文学に掘り起こして解剖図を見ることができる」、開拓精神とは真逆に進んで行きそうな、浮かんで来なさそうなテーマを自負している。
「椿屋は?」
ああ、僕か、
「少し、木村よりもめんどくさい話になるんだけど」
「俺より?、言い方が雑すぎる。」
「何の話?」
「僕が何を目指して、目標としてこの短命すぎる人生を生き抜くか」
「・・・めんどくさいな」
「重い病気とか?、自殺願望?。吐き出しちゃえ若者」
「そんなんじゃないんだが、まあ、『本を燃やす』ことかな?」
「面倒なのが一回りしてきたぞ」
「これから行く所、打って付けじゃない」
「ただ『実際に燃やす』わけじゃないんだ」
信号待ちをしてもう向こう林の奥に目的地「本のデパート」が見える。僕の夢見がちな日常が実現され廃棄される場所だ。





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