第8話 お土産はタコ焼き、ついでに楊枝

文字数 1,316文字

          8



 午後7時を回って真理・イヴァ・カキウチ・アバーエヴァは「本のデパート」に帰って来た。手にはビニール袋にたこ焼きを三箱、他に荷物はなかった。
「いると思ったわ」
木村と佐藤は不思議そうに顔を見合わせる。
「ここを出るとき椿屋くんとすれ違って、彼が少し明るい雰囲気に見えたから。」
二人は声をそろえた。
「もやしっ子だ」
仇名や通り名にされそうなので話を断ち切ろうとしたが、幸助がたこ焼きの包み紙を開けながら
「それなに?」
「部屋にこもりっきりの淋しい人間」
周りに下手な説明をされるより先に説明した。
「そうかあ、椿屋ここ以外に出入りしてる公共の場所とかある?大学はなしだぜ」
「ふふっ。椿屋くん、何やかや言いながら私たちの事そんな悪くは思ってないのね。バレちゃったわね」
マリさんはたこ焼きを頬張りながら
「みんなで食べよ。すこし冷めかかってる」
んー、腑に落ちないとか落ちるとか、たこ焼きにヤケ食い胸焼け、悶々しているところに早苗さんがお茶を揃えた。
「ところで真理さん。あなた画材を買いに行ったんじゃなかったっけ?」
「んん。買ったよ。明日から三日間のうちに取り敢えず必要な物はここに届くわ。」
早苗さんは顎に手を当て、んー、
「あの絵もそうだったけど、想像の範囲内の大きさや分量であって欲しいものね。丁度良い、って言葉が日本語であるのよ」
「グラニー、椿屋くんはいつからここで働いているの?」
「彼が高校二年の春ぐらいからだから丁度二年くらいね」
「その間に誰か友達を連れてきた?」
「今まさにその話をしていたんでしょ?」
少し追ってくるように頭痛が始まった。
「お兄ちゃんは大丈夫だよ。僕の言うことよく聞いてあの絵を守ってるし。お姉ちゃんの絵を守ってるんだよ。」
「うん。そうだね。ありがとう椿屋、、、ファーストネームは?」
「友治」
「ユウジ君は明日から私の助手ね。ツバキヤユウジ」
「学校があるし、テスト勉強もしなきゃ」
後ろから佐藤が
「だったら私が、」
「いや待て俺が、」
マリさんはニコニコしながら僕が一つ深く息を吐くのを待っている。
「分かりましたよ。はいはい。そうそう、小柴さん仕事が増えるんですが」
早苗は少し困った顔をして、
「真理さん。夕ご飯ぐらい用意しなさいよ」
その料理に少し興味を持ったまま、あどけない連帯感を僕も共有することが出来た。今までになかった、自分で扉をノックして開いて中に入って手に入れた、夜もニヤニヤ少し寝つきの悪くなるくらいの深く温かな安堵感であった。

 佐藤は絵に付いて送られてきたエルミタージュ美術館館長の書簡の文面をインスタント・カメラに収め、木村は「大陸文学探索旅行紀」という大正時代末期の書籍を見つけて大喜びし、幸助はたこ焼きの残りその小さな胃に収めた。

 マリさんは絵の前に立ち筆で水平を取る。それが上手く行かないか何度も水平を取る。僕たち三人は三メートルの距離で「またね。マリさん」挨拶をして帰ろうとしたが彼女の耳には届かなかったようで、彼女は椅子に座ってまた同じことを繰り返す。早苗さんは少し嬉しいことがあったかのように
「あの子ったら、ねえ」
お茶当てなんか気遣いしなくていいのよ「また来なさい」門まで見送ってくれた。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み