#10 真新しい迷彩服 下 ── 〝小さな茶番劇〟

文字数 2,247文字





 メイジー・セヴァリーがアーマリーのパブに居た俺たちに近付いて来たのは、第3層のメンテナンスで流れたミッションの替わりの応募に漏れてしまったときで、この後の予定を見直さなければならなくなったときだった。
 相も変わらず〝こう言ったこと〟には我関せずを通すリオンをテーブルの向かいに置き、フィッシュ・アンド・チップス──実際は白身魚(タラ)であるはずがない──を突いていた俺に、彼女は真っ直ぐに近付いて来て言った。
「──中古のコネストーガが安く()()わ」
 思わずリオンと顔を見合せた。


 彼女は『マクニールの店』に勤めているベトロニクス(車両電子工学)が専門の(システム)(エンジニア)だ。
 俺たちのコネストーガの担当だったから、先のミッションで俺たちのコネストーガが廃車となったことを聞きつけて商談にやってきたのかというとそうではない。その方がまだよかった……。
 そういった〝飛び込みセールス〟ではないことは、彼女とダニーのことを知っていればすぐにわかった。
 戦場に消えた男への一途な想いで戦地に飛び込む女なんて、小説やドラマの中だけの話だと思っていたが、どうもそうじゃないらしい……。
 真新しい迷彩服を着込んだ彼女は、口許を引き締め、固唾を呑むように俺たちの反応を窺っている。
 リオンが、根負けしたように口を開いた。

「いま俺たちにコネストーガを賄う余裕なんてねぇし、第一、ドライバーもC4Iオペレーターもいねえよ」
 するとメイジーは、胸元に抱えていたタブレット端末の画面をこちらに突き出すように向けて言った。
「わたしが、やるわ……運転も、管制も」
 タブレットの画面は、トループス養成所の『申し込みフォーム』のキャプチャだった。すでにサイン(署名)が成されて受領済のステータスだった。入所の指定日は〝今日〟の日付だ。
 その緊張に上擦った声音に、リオンも俺も表情を曇らせ、画面から彼女の顔へと視線を戻した。

 どちらかというと〝おどおど〟とした感じの彼女だったから、間違ってもトループス向きの人間じゃない。例えばB級トループスのベックルズは同じ年頃だが、誰が見比べたとしても、〝2人は住む世界が違う〟と認めることだろう。
 だから、『後方支援要員養成コース』とはいえ、俺には所定の訓練を終え資格を得た彼女の姿が想像できなかった。
 確かにプロテクトギアを纏う戦闘員の養成と違って、後方支援要員の養成コースは戦技訓練がなく、基礎体力訓練と任意の専門職制 (通信・整備・管制 等)の修得訓練というカリキュラムで、養成期間もずっと短い。
 加えて、ベトロニクス・エンジニアとしての実務経験を持つメイジーは必要な職制の修得訓練も免除される。

 ……にもかかわらず、俺には彼女がトループスとなる姿を思い描けなかった。

「メイジー…──」
 慎重に言葉を選ぼうとした俺を、メイジーは遮った。
「…──クルー(搭乗員)はわたし。ビークルのマニュアル運転と基礎訓練だけだから、2週間で資格を取れるわ」
 メイジーは真剣に言い募る。
「……マクニールには話を通してあるの。ジェイクの信用とわたしの〝持ち出し〟とで、1つ前のモデルの中古だけど、新車の1/5の評価換算で卸してもらえる。だけどそれは〝わたしがクルー〟というのが条件」
「…………」
 俺は思案させられた──さて、どうやって〝諦めさせ〟ようか……。
「ダニーを捜しに行くんでしょ?」
 勢い込むメイジーに、俺は黙ったまま渋い顔を向ける。

 と、テーブルの向かいのリオンが再び口を開いた。
「おまえの〝持ち出し〟って、いったい何が担保になってる?」
 珍しく〝話を聞く気〟を起こしたらしい。
「退職金と……これからのリベート(口銭)の前払い……」
「退職金なんて、そんなものほとんどないも同じだろーが……。そのリベートってのは、俺たちと『マクニールの店』との取引分を期待してんのか?」
 メイジーは小さくなって頷いた。
 リオンが、わざとらしく──それに俺は気付いてしまった…──声を大きくした。
「それで〝回せなく〟なったときはどうなる? 身体でも売るか?」
 その言葉に、()()()()()()メイジーの肩が震えた。俺は少し動揺したが、何とか面には出さずに彼女を見やる。
「──…そのときは、そうなるわ……」
 リオンが大袈裟に肩を竦めて腕を組み直し、メイジーがいっそう肩を小さくする。

 その〝微妙な空気感〟に俺はリオンの顔に目線をやった。軽く圧をかけると、リオンはそっぽを向いた。
 ──なるほど……。
 それで俺は何となくこのカラクリに気付いた。メイジーに向き直って言う。
「わかった。だけど養成所では管制のコースは受けてきてくれ」
 戦場では〝戦場の使い方〟がある。そのことのイメージだけは持ってから来て欲しかった。まあ、最低限の約束事だ。
「──3週間後にここに来てくれ。契約を詰めるから」
 俺が言い終えるそのときには、メイジーは満面の笑みになっていた。リオンの方に流れた目線が〝小さな茶番劇〟の存在を物語っていたが、俺はもう何も言う気がなかった。
 どの道コネストーガと専任オペレーターは必要だったから。


 高揚した彼女が何度もこちら──主にリオン──を見返しながらテーブルを離れていくのを見送ると、俺は〝相棒〟に向いて訊いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「胸の大きな女の頼みは断わらないことにしてる……」
「…………」
 多分、情けない表情(かお)になった俺に、リオンは笑って言った。
「これでだいぶ形になったな」
「ああ」

 俺は頷いて返した。
 メイジーが〝使い物〟になれば、話をいっきに進めることができる。
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