#15 〝いい仲間〟 上 ── 〝手引き〟

文字数 2,036文字


「なるほど……」
 最初に反応を返したのはリオンだった。
「たしかにあいつも隔壁層に土地勘なんてなかったろうしな」

 〝あのとき〟──シャノン・ウィンターの救出ミッション──は危急の事案(こと)だった。誰もが突然に呼び出され、あそこ(3SWC)ステージ(舞台)になることを知ったのは直前だったのだ。
 仮に事の前に隔壁層に潜ることを決めていたとしても、あの昇降口の位置を把握し、そこから目的の場所までのナビゲーション(経路)を準備する時間なんて無かったはずだ。──いや、そもそも目的の場所があったのかどうか、それすらも疑問だ。

 リオンは、そんな俺の思いを先回りして言葉にしてくれているのだ。
「でも、〝あのとき〟のあいつは、ここから下りていった……」
 後は、その思わせぶりなトーン(声調)の語尾をベックルズが引き取った。
「……〝手引き〟があったから」
 肯いた俺に皆の視線が集まる。キャビン内に誰も言葉を発しない間ができた。

「これは、〝手引き〟ですよね? ダニーからの」
 そう言って沈黙を破ったのはメイジーだった。
 彼女は、気後れせぬよう自分を励ましながら、皆の顔を覗き込むようにして言った。
「きっとここで、わたしたちを待ってるのよ。……人伝(ひとづて)にこれを託して」
 そんな楽観的に過ぎる表情のメイジーに、対照的な表情をしたベックルズが応じる。
「メイジー……」 短い溜息。「ちょっとあんた正気?」
 メイジーが目線を返してくるのを待ってベックルズは続けた。
「──〝手引き〟って言うけど、そんなの確証の無い話。このメモリーの送り主がダニーだっていうのもそう」
 反論の材料の無いメイジーがくすぶった視線を返したが、ベックルズはそれを意に介しはしなかった。
「行ってみたはいいけれど、そこに何も無かったときは、目も当てられないよ?
 ミッション放棄の上、敵前逃亡……〝急進的反動行動への志向〟を問題視されトループスの資格の剥奪……。
 隔壁層の内部(なか)で孤立無援になって、いったいどれくらい活動ができるって思ってる?」

 すぐには反論できない事柄だった。
 それを並べてまくし立てると、ベックルズは掌を腰のくびれに当て、小首を傾げるように俺たちを見回す。

 そうだった。
 ベックルズが、パーティーで一番の〝リアリスト〟かつ〝常識人〟だった。

 リオンが俺に視線を向けてくる。
 だが俺にしても、彼女(ベックルズ)を納得させられるだけの何か(材料)があるわけじゃない……。
 そんな俺たちを、ベックルズは〝そらごらん(そら、御覧よ)〟と醒めた目で見ていたわけだが、対応が遅いのを見て取るや、すぐさま追い撃ちに入った。
「…──それだけじゃないよ。
 トループスの資格剝奪だけで済みゃいいさ……けどね、諸々を考え併せて〝矯正〟は免れないんじゃない? 
 ……あたしゃ()()御免被(ごめんこうむ)るけど、したらタウンに戻れなくなる」

 〝矯正〟か……。確かにそれは俺も御免だ。
 ──何人かMA(統治機構)に指名され〝矯正〟を受けた人物(ヤツ)を知っている。皆、人が変わってしまったように精彩がなくなって帰ってくる。……元々、精彩のあったヤツらが、だ。

「…──この辺でいいんじゃないですか?」
 このとき、ポーカーフェース(平静を装い)に努めながら何とか説得の糸口を探らねば……と内心で焦る──それこそ精彩のない──俺に助け舟を出したのは、キングスリーだった。
 話に割り込まれたベックルズだったが、割り込んだキングスリーに噛みつき返すことはせず、ただ不愛想な表情(かお)を俺に向け続けている。

 キングスリーが冷静なトーン(声調)で続けた。
「もう気も済んだでしょう。──元々パーティーに参加した時点で、いずれ〝こういうこと〟になるのは自明だったはず。〝あの坊や(ダニー)〟から遣いがきたのなら、いまがそのときだ。
 隊長は始めから覚悟は決めてた。
 ……駄々をこねて隊長をイジメるにしても、もうこれ以上は時間の無駄じゃないでしょうかね」
 余りに冷静なので、俺もリオンも、ただベックルズの様子を見守るだけとなった。
 ベックルズはもう一度短く溜息を吐くと、つと俺から視線を外した。

「メイジー‼ ……データを検討する。準備して!」
 そのキビキビとした声に、
「は……はい!」 メイジーが嬉々と応じる。
「…………」
 俺もまた、自然に緩む表情(かお)をベックルズに向けたのだったが、そんな俺に彼女はピシャリと言った。
「こうなった以上は準備が肝要。まさか〝お友達(ダニー)〟のように準備もなし、勢いに任せて、ってのはナシだからね」
 そう言うとメイジーの隣のコンソールに収まり、猛然とキーボードを叩き始める。
 俺たちは、存在を忘れられたようだ。
 どうやら、今この場からデータの詳細な解析と検討を始めるらしい。
 当面、手持ち無沙汰となった俺は、やはりそうなったキングスリーに、感謝の表情で改めて向いた。
 キングスリーは〝何事でもない〟とばかりに口許だけで微笑んで返してきた。

「…──ま、成る様に成りそうだな」
 リオンが隣でそう言うのが聴こえた。
「ああ」
 俺は肯いて応える。

 俺は本当に感謝すべきだろう。
 ……〝いい仲間(パーティー)〟に恵まれたことを。
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