3.ワイナミョイネン

文字数 1,224文字

いまだワイナミョイネンは生まれ出ず、不滅の詩人は現れなかった。強固な老ワイナミョイネンは母の子宮の中を歩いた 三十回の夏の間、同じ数の冬の間も、あの穏やかな水の上を、霧立ちこめた波の上を。
鴨の卵が割れて世界は天空と大地が出来た。せやのに、ワイナミョイネンはまだイルマタルの子宮の中におるんやな。
700年も経ってるから、子宮の中ですでに「老」とか呼ばれとるやん。しかもそこは歩き回れるくらいに広い。色々と規格外やわ。
そして30年、ワイナミョイネンは母親の子宮の中で、自分がどのように暮らすかを考えていた。外の世界は見えないけれど、外の世界を認知はしていたらしい。
ワイナミョイネンは『ロード・オブ・ザ・リング』の魔法使いガンダルフのイメージに近い。と言うのは、そもそもガンダルフというキャラクターの大元がワイナミョイネンだと言われているんだ。


Encyclopedia of the Literature of Empire p161「Väinämöinen was a source for Gandalf the sage in J. R. R. Tolkien's The Lord of the Rings(1955).」

「月よ、逃せ、太陽よ、出してくれ、北斗星よ、また教えてくれ 人が異様な扉から、見知らぬ門から、この小さな古巣から、狭い住みかから出るように!」
ワイナミョイネンは月と太陽と北斗星に出してくれと願った。しかし願いは叶わない。仕方ないから自分の力で出ていくことにしたんだ。
自分の力で道を切り開くんやな。大事なことやで。
「骨の錠前」を取り外して外に出た。そしたら海に落ちてしばらく漂っていたんだ。8年くらいね。
まあ730年も子宮で一人ぼっちやってんからな。海で8年漂うくらいはええやろ。
ついに水面に立ち上がった、名もない岬に、木のない陸地に。膝で地面に踏ん張って、腕で転がった。月を見るために起き立った、太陽を仰ぐため、北斗星を調べるため、そして星を眺めるために。
星を眺めるために立ち上がったとかロマンチックやな。せやけど「北斗星を調べる」って何のことやろ。
少し前に戻って「月よ、逃せ、太陽よ、出してくれ、北斗星よ、また教えてくれ」というところの原文を調べてみよう。順番そのままで「Kuu, keritä, päivyt, päästä, otava, yhä opeta」と書かれている。この「otava」というのが「北斗星」、すなわち星座の「おおぐま座」のことなんだ。
『カレワラ』を口伝で継承してきたフィン族にとって、熊はもっとも神聖視された動物だ。ジョン・マーティン・クロフォードによる英訳だと「調べる」は「behold(注視する)」と訳されているから、特に気を付けて見るというくらいのニュアンスじゃないかな。
730年、いや何もせんと漂ってた8年間足して738年か? そんだけ待って眺めたお星さまはどんだけ綺麗やったんやろな。
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