2-3

文字数 1,612文字

「こんにちは。真田です。本日は、原稿を届けに参りました」
 神様はゆっくりとこちらに顔を向けると、お茶を一口啜ってから言った。
「おぉ、叶成か。そうか、今日だったね。危うく昼寝するところだったよ。――それと、かしこまらなくていいんじゃよ」
 神様は時折、お爺さんのような語尾をつけて喋る。本人曰く、親しみやすいようにということらしい。しかし、真面目なときとのギャップが凄まじいので、仕事で常日頃関わる私からすると親しみづらさはむしろ増していた。
「すみません。どうも神様とフランクに話すのは難しいですね。あと、無理に『じゃ』って付けなくてもいいんですよ、真面目な貴方を見ているぶん、なんていうか――気持ち悪いです」
「『かしこまらなくていい』っていうのは、遠慮なく毒を吐いていいってことじゃないから。叶成もこっちに来てもうすぐ一年になるな。これから私は、ますますぞんざいに扱われるのかね」
 神様は、私から原稿の入った封筒を受け取りながら答えた。もはやかしこまった距離感は、挨拶のみの形式的なものに留まっていた。というのも、この人はかなり抜けていた。天然なのかもしれないが、見た目の年齢的にボケていると思われても仕方がないところまできている。会うまでは、後光が常に差していて威厳があり、天使の輪や羽が生えている存在を想像したものだが、この神様に当てはまる要素は一つもなかった。その姿や考え方は、人間と何ら変わらない。美味しいものは美味しそうに食べるし、茶柱が立てば喜ぶような方だ。私からしてみれば、近所に住んでいる親しみやすいお爺さんといった感じだった。とはいえ、天国の平穏無事は、間違いなく神様の存在があって成り立っているものだし、一つ一つの仕事に真摯に向き合っている姿も見ている。私としては、常に尊敬の念を持って接しているつもりだ。
「そうだ。実は、叶成に相談があるんじゃよ。少し時間をもらえるかな?」
 神様は私に、自身が座るデッキの横へ座るよう勧めた。
「はい。大丈夫ですけど、どうかなさいましたか?」
 促されるままデッキへ座りながら、会話を続ける。
「いやね、案内人の彼女――笑茉に倣って、私も自分の名前を考えてみようと思うんだけど、叶成は何か名前のアイデアはないかい?」
 この人は、思いつきでこういうことを言う。私がライフライターの職を紹介されたときも、成り行きで決まったようなものだった。しかし、名前があるのは便利かもしれない。神様を呼ぶときは、名前がないので『神様』とそのまま呼ぶか『貴方』のような代名詞で呼ぶ必要があった。それに、本人には口が裂けても言えないが、笑茉と会話するときは『お爺さん』だ。
「いいですね。私も貴方のことを『神様』と役職のように呼ぶことには違和感がありました。ですが、下の名前をすぐに決めるのは難しいと思います。まずは名字から考えるのはどうでしょうか」
「それはいい考えだ。叶成の名字は、真田だったね。私は、神だから神という字を入れた名字がしっくりきそうだ」
 名は体を表すというし、これから呼ばれるにしても、神という字が名前に入っているほうが神様という感じがしていいだろう。変に佐藤とか渡辺なんて付けられたら、仕事の内容以外には、神様の要素がないといっても過言ではない。
「いいと思います。私も今後呼ぶときに神の字が入っているほうが、貴方が神様だということを忘れずに済みそうです」
「そう思っても言わないものだよ、普通」
 神様はわかりやすくため息をつくと、話を続けた。
「じゃあ、もっと分かりやすくするために森の中にいる神で森神とかどうだろう?」
 やはり、この人は天然だ。普通、人に名前をいじられて嫌な態度を示しておきながら、さらにいじられるようなことをいう人はいないと思う。
「そんな感じだから、私や笑茉は貴方のことをぞんざいに扱うんですよ」
 結局、本人の意見を尊重し、神様の名字は『森神《もりかみ》』になった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み