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文字数 1,099文字

 人生が終わった。私の人生は娘夫婦と孫に看取られて、ささやかに幕を引いた。
——波の音が聞こえる。ここはどこだろう? 私は、自身を中心として形成された直径五メートルほどある円の中にいた。円の外側には辺り一面の浅瀬が広がっており、それを包み込むように暖色の光が遥か彼方まで広がっていた。光は水面を緩やかに走り、水平線を境に互いの領域を分け合っていた。
「なんて綺麗な場所だろう」
思わず感嘆の声が漏れる。水光の先を見ると、とてつもなく大きな巻貝の存在が目に入る。行くあてもない私は、その巻貝を目指すことにした。そういえば、自分の足で歩くのはずいぶん久しい。それでも歩けと指示すれば、足も腕も軽快に動かせる気がしていた。
私がいた場所から巻貝までの距離は、想像していたよりも遠かった。身体の疲れはないものの、巻貝のもとへ到着する頃には、精神的な疲れが目に見えて蓄積されていた。また、巻貝だと思って目指していたものは、螺旋階段のようだった。如何せん下からでは階段の全容を捉えるのは難しく、その道のりは途方もないものに思えた。はたして、この階段を上ることに意味はあるのだろうか。指針がない現状に、ここまでの疲労も相まってこれからどうするべきか決めあぐねていた。
「叶成《かなる》」 
 どこともなく優しい声がした。それは、もう二度と聞くことができないと思っていた懐かしい声だった。
「……母さん? それに、父さんも」
 そうか。ここはもう、向こうの世界ではないのだ。両親の姿を見て、ここは死後の世界だと実感を伴って理解した。
「叶成、人生は短いな。でも、父さんはお前の老けた顔を見ることができて嬉しいぞ」
 父は記憶に残っている父の姿と遜色なかった。どこかお調子者で、快活な人。
「父さん、会えて嬉しいよ。こっちでも煙草は吸えてる? 母さんも、本当に久しぶり。元気だった?」
 父は胸ポケットから煙草を取り出すと、ニコッと笑った。
「叶成は相変わらず優しいのね。ほんと、自分の子供とは思えない」
 母は声を潤ませて、言葉を絞り出している。
「母さんにそう思ってもらえる息子になれたなら本望だよ」
 涙を堪える母に、父は何かを促していた。
「——叶成。父さんと母さんはこれからもずっと、あなたを愛しているわ。この階段の上を目指しなさい。そこに、あなたのことを待っている人がたくさんいるから」
 私には、まだ両親と話したいことが山ほどあった。それでも、母の言葉を聞いて、そろそろ出発しなきゃいけない気がした。
「……分かった。二人はこれからどうするの? また、会えるかな?」
 両親は何も言わなかったが、その表情や仕草

いつでもまた会える気がした。
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