願う先の痛み6(この頁で完結)

文字数 1,404文字

 まさか、リンが独自に思考をしたというのだろうか。でも、そんなプログラムを組んだ覚えも、入力済みコードにその形跡もない。私の言う通りに動くべき存在のリンまで、私の望みのままに動かないのかと腹立たしく思ったが、ロボットでそれはすなわち故障を意味している。

 「リン、修繕箇所はある?」
 壊れたのかと思い、そう問いかけた。
 「回路、正常。ボディ、若干の歪みを生じていますが使用に問題なし」

 ならば何故。
 「花梨がこれから行うリンにとって望ましい行動は?」
 自信がなかったがこれでリンの意図がわかるかもしれないと聞く。
 「花梨の傷口の手当てで好意上昇。部屋を出るで横ばい。リンの修繕で好意下降」
 リンの言葉に花梨は足を擦りむいているのに気付いた。リンを痛め付けていたときにどっかで擦ったのだろう。傷に気づいた時からジンジンチクチクした痛みを自覚した。

 「あぁ、ロボット3原則1条。人間に危害を加えるのも、その可能性を見過ごすのもダメだからか」
 そう声に出してリンが修繕を望まない理由を考えた。花梨はリンへの八つ当たりで怪我をした。リンが無くなれば花梨に危害を加える可能性はなくなる。人に危害を加えないために自分で機能を停止することは問題ないはずだが、修復プログラムが邪魔をする。花梨に壊させるため。

 この回路の動きは私がプログラムした範囲の事だろうか?花梨はわからなくなる。
 「リン、君はなんのために存在する?」
 雑談の機能がないのだ。リンは、
 「質問を整理してください」
 と答えるはずだった。
 「花梨が、幸せに人間社会で生きられるようにサポートするためです」

 花梨は仰天してもう一度記入済みのコードを読み返した。ここまでハッキリと回答するのだどこかにそのプログラムがあるはず。
 そして、プログラムの最初の方に花梨が書いた覚えのないコードを見つけた。時間を調べると平日の昼間、つまり花梨が学校に行っている時間だった。その間、リンは家にある。
 つまり、「お母さんが書いたのか」花梨は導き出した答えを呟く。

 「花梨、お前は自分が傷付くのを極端に恐れて、傷つきそうなところから逃げて考えないようにしているけれど。道具に使われるほどに思考停止してはいけないよ」
 何年も前にプログラムされた言葉をリンが紡ぐ。紡がれた言葉が耳に痛い。
 ふと、未来予測機能など持っていない母親がこのプログラムを何年も前に組めた理由はなんだろう。台所で料理している母に話を聞く。

 「あぁ、見つかっちゃったか。当然よ。未来予測なんてなくったって、あなたの事を見ているんだもの。いずれ必要になる言葉ぐらいわかるわ」
 事も無げに言う母親。しかし、未来予測プログラムを組んできた花梨にはそれがどれ程の労力か知っている。
 「そんなことをわざわざ自分でしたの?ロボットに入力すれば一発じゃない?間違わないし効率考えたら……」
 「間違うことはダメなことかしらね?傷付くことからはなにも学べないかしら?」
 ふざけた調子で母親は言い、納得できる答えは自分で見つけなさいと微笑んだ。

 花梨は自らが歪めてしまったリンのボディーを直しながら母親の意図を考え始めた。プログラムを組むよりもずっと大変そうで、誰にも誉められそうにもないけれど花梨が花梨であるために大事な何かがその先にあるような気がした。
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