願う先の痛み2
文字数 2,346文字
「ユーザー情報を登録します」
家に帰り着くなり、花梨はロボットを起動した。イントネーションに少し難があるが、ほとんど人間と遜色のない調子でロボットが喋る。見た目がいかにも機械っぽいのに対して、言葉が流暢なのが、なんともちぐはぐな印象を与える。もしかして中に人でも入っているのではないだろうかとありもしない想像が花梨の頭に浮かんだ。
「花梨、パスワードは……」
ロボットの音声案内に合わせて入力していく。
「私の名前を決めてください」
「リン」
自分専用ロボットができたらつけようとずっと決めていた名前を登録する。
自分の名前を分けるという安直な名付けだけれど、自分の半身、もっとも大切なパートナーという気持ちは人一倍込めてある。
「モード、プログラミング」
花梨は説明書を片手にそういった。
「プログラミングモードを開始します。初期起動のため、チュートリアルがあります。時間は10分です。聞きますか?」
ロボットがその声に反応してモードを起動させた。
「はい」
「この度は、自分で作るプログラムロボットをお買い上げいただき誠にありがとうございます。このロボットはユーザーの好みに合わせて無限大のカスタマイズが可能です……」
トラブル時はユーザーに責任あるといった文言や法に触れるような改造をしないでくれといった説明を花梨は聞き流す。
「最後にロボット三原則プログラムをダウンロードします」
リンの言葉に思わず
「リン、それはなに?」と問いかけた。
「ロボット三原則の説明をします。第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。第三条ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房)より」
つらつらと読み上げられる言葉を聞く。なんだどれも当たり前のことじゃないかと花梨は思った。
「ダウンロードが終了しました。プログラミング入力の準備が整いました」
早速、花梨は学校で習った知識を元に未来予測に使えるプログラムを入力しようとした。しかし、すぐに詰まる。
「何を入れれば良いんだろう」
「お母さん、プログラミングの本に買いに行こう?」
母親を振りかえってお願いした。花梨の胸にプログラミングの本がポンと渡される。
「必要になると思ったからね」
得意気な顔をしている母親にお礼を言ってリンに向き直る。
「1目的を明らかにする……未来予測。2手段を考える……未来予測だけじゃ情報が足りない。どんな未来が知りたいのか、地球が滅亡するとか聞いてもなにもできないし。私の身の回りで起きること、距離は自宅を中心に学校までの距離を半径として見た校区内で……これなら情報の入力もそう多くなり過ぎないだろう。情報を総合することで導き出される情報が未来予測になるはずだよね」
ぶつぶつと呟きながらコードを入れていく。いくつかのキーワード情報を毎日自動で検索して蓄積するコードをついでに書き込む。
「リン、明日の天気は?」
花梨はリンに入れたコードが正しく作動するか試運転を兼ねて尋ねる。
「靴が降り注ぎ、魚が安い」
でたらめな言葉が返ってきて肩を落とした。今まで打ち込んだコードを見直す。天気予報なら、検索結果をそのまま言わせれば良いと気づいて書き換えた。
「リン、明日の天気は?」
「晴れのち曇り、降水確率は30パーセント、気温は……」
すらすらと言葉が出てくる。そうだ。未来予測といったって既に世の中に溢れているものはわざわざリンにさせる必要ないじゃないか。
花梨は自分の気づきを自分で誉めてプログラミングの構想の練り直しに入る。花梨は夜が更けるまでその作業に熱中し、空が明るくなってから眠った。結局構想が固まらないまま月曜日になってしまった。
「いってきまーす」
玄関で靴を履いて出掛けようとしている花梨を母親が呼び止める。
「せっかく買ったのにロボットは置いてくの?」
キッチンで充電しているリンを指差した。
「リン、まだ十分にプログラム組めてないからお留守番」
花梨はそう答えて学校に向かった。
見た目がいかにもロボットで機能が少ないんじゃ自慢にならないし、笑われちゃう。なにか同級生をアッと言わせられるような機能を追加するまでは学校に持っていくつもりはなかった。
1時間目の国語の授業中。授業を聞かずに花梨は構想を練った。
「そもそも、天気を予測するくらい普通よね。搭載されていないロボットを探す方が難しいもの。知りたい未来の方をまず決めなきゃ」
花梨がそう呟いたのを隣の席に座っている飛鳥が聞いて花梨に話しかける。
「なに?お前あの高いロボット買ってもらえたの?」
「お前って言わないでよ飛鳥。買ってもらえるわけないじゃん」
花梨が小声で言い返したのを飛鳥が食い下がった。
「未来予測がどうのって言ってたじゃんか」
「プログラミングできるロボット買ってもらっただけ」
仕方なくそう答えると
「へぇ!!兄ちゃんも持ってるけどあれ、難しいって言ってたぞ」
飛鳥がそういうのを聞いて、花梨はますます自分のプログラミングでロボットが脚光を浴びる日を強く願わずにはいられなくなった。
「難しいのかぁ……」
そういって天井を見上げた花梨を飛鳥が物言いたげに見つめていた。
家に帰り着くなり、花梨はロボットを起動した。イントネーションに少し難があるが、ほとんど人間と遜色のない調子でロボットが喋る。見た目がいかにも機械っぽいのに対して、言葉が流暢なのが、なんともちぐはぐな印象を与える。もしかして中に人でも入っているのではないだろうかとありもしない想像が花梨の頭に浮かんだ。
「花梨、パスワードは……」
ロボットの音声案内に合わせて入力していく。
「私の名前を決めてください」
「リン」
自分専用ロボットができたらつけようとずっと決めていた名前を登録する。
自分の名前を分けるという安直な名付けだけれど、自分の半身、もっとも大切なパートナーという気持ちは人一倍込めてある。
「モード、プログラミング」
花梨は説明書を片手にそういった。
「プログラミングモードを開始します。初期起動のため、チュートリアルがあります。時間は10分です。聞きますか?」
ロボットがその声に反応してモードを起動させた。
「はい」
「この度は、自分で作るプログラムロボットをお買い上げいただき誠にありがとうございます。このロボットはユーザーの好みに合わせて無限大のカスタマイズが可能です……」
トラブル時はユーザーに責任あるといった文言や法に触れるような改造をしないでくれといった説明を花梨は聞き流す。
「最後にロボット三原則プログラムをダウンロードします」
リンの言葉に思わず
「リン、それはなに?」と問いかけた。
「ロボット三原則の説明をします。第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。第三条ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
(出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房)より」
つらつらと読み上げられる言葉を聞く。なんだどれも当たり前のことじゃないかと花梨は思った。
「ダウンロードが終了しました。プログラミング入力の準備が整いました」
早速、花梨は学校で習った知識を元に未来予測に使えるプログラムを入力しようとした。しかし、すぐに詰まる。
「何を入れれば良いんだろう」
「お母さん、プログラミングの本に買いに行こう?」
母親を振りかえってお願いした。花梨の胸にプログラミングの本がポンと渡される。
「必要になると思ったからね」
得意気な顔をしている母親にお礼を言ってリンに向き直る。
「1目的を明らかにする……未来予測。2手段を考える……未来予測だけじゃ情報が足りない。どんな未来が知りたいのか、地球が滅亡するとか聞いてもなにもできないし。私の身の回りで起きること、距離は自宅を中心に学校までの距離を半径として見た校区内で……これなら情報の入力もそう多くなり過ぎないだろう。情報を総合することで導き出される情報が未来予測になるはずだよね」
ぶつぶつと呟きながらコードを入れていく。いくつかのキーワード情報を毎日自動で検索して蓄積するコードをついでに書き込む。
「リン、明日の天気は?」
花梨はリンに入れたコードが正しく作動するか試運転を兼ねて尋ねる。
「靴が降り注ぎ、魚が安い」
でたらめな言葉が返ってきて肩を落とした。今まで打ち込んだコードを見直す。天気予報なら、検索結果をそのまま言わせれば良いと気づいて書き換えた。
「リン、明日の天気は?」
「晴れのち曇り、降水確率は30パーセント、気温は……」
すらすらと言葉が出てくる。そうだ。未来予測といったって既に世の中に溢れているものはわざわざリンにさせる必要ないじゃないか。
花梨は自分の気づきを自分で誉めてプログラミングの構想の練り直しに入る。花梨は夜が更けるまでその作業に熱中し、空が明るくなってから眠った。結局構想が固まらないまま月曜日になってしまった。
「いってきまーす」
玄関で靴を履いて出掛けようとしている花梨を母親が呼び止める。
「せっかく買ったのにロボットは置いてくの?」
キッチンで充電しているリンを指差した。
「リン、まだ十分にプログラム組めてないからお留守番」
花梨はそう答えて学校に向かった。
見た目がいかにもロボットで機能が少ないんじゃ自慢にならないし、笑われちゃう。なにか同級生をアッと言わせられるような機能を追加するまでは学校に持っていくつもりはなかった。
1時間目の国語の授業中。授業を聞かずに花梨は構想を練った。
「そもそも、天気を予測するくらい普通よね。搭載されていないロボットを探す方が難しいもの。知りたい未来の方をまず決めなきゃ」
花梨がそう呟いたのを隣の席に座っている飛鳥が聞いて花梨に話しかける。
「なに?お前あの高いロボット買ってもらえたの?」
「お前って言わないでよ飛鳥。買ってもらえるわけないじゃん」
花梨が小声で言い返したのを飛鳥が食い下がった。
「未来予測がどうのって言ってたじゃんか」
「プログラミングできるロボット買ってもらっただけ」
仕方なくそう答えると
「へぇ!!兄ちゃんも持ってるけどあれ、難しいって言ってたぞ」
飛鳥がそういうのを聞いて、花梨はますます自分のプログラミングでロボットが脚光を浴びる日を強く願わずにはいられなくなった。
「難しいのかぁ……」
そういって天井を見上げた花梨を飛鳥が物言いたげに見つめていた。