願う先の痛み5

文字数 3,079文字

 「今度の休みってさ?暇?」
 花梨が何時ものようにこっそり先輩のサッカー練習を見ていると、先輩が近づいてきていった。
 「えっと、はい」
 予想外の出来事にそう答えるのがやっとだった。
 「その、アニメとか好きだったりしないかな?」
 先輩が子供から大人まで認知している有名なアニメ映画のチケットを花梨に差し出す。その先輩の手を見て花梨は頭をフル回転して考えた。
 リンが誘うのは好感度横這いっていっていたけれど、誘われた場合はどうなんだろう。どう受けたらいいんだろうか?
 「興味、ない……かな?」
 悲しそうにチケットを引っ込める先輩の手首を握って花梨は思わず、
 「興味あります」
 と答えた。安堵したような先輩の顔を見て、花梨も嬉しくなる。
 簡単に待ち合わせ場所を決めてそのまま別れた。

 「アニメ映画を見た感想はどういえばいい?」
 家に帰り着くなり花梨はリンに聞く。
 その答えを持って臨んだ初デートは「僕たちって考え方似てるところ多いね」という先輩の笑顔で終わった。
 リンのグラフを見るまでもなく、先輩との関係性が深まっていくのを感じる日々。デートの約束をして、リンに答えを聞いて臨む。何度かそういうデートを重ねたある日の前日。リンのアラートが鳴った。いよいよ先輩に告白されるんだ。
 リンのアラートを消して、花梨は告白される未来に思いを馳せる。

 翌朝、登校して直ぐに花梨は、先輩に呼び止められた。
 「放課後、時間をつくってほしい」
 花梨は顔がにやけそうになるのを必死で押さえて了承した。退屈な授業も放課後の予定を思うと我慢できた。誰が見ても分かるほど明確に花梨は浮かれていた。

 放課後。
 「付き合ってください」
 先輩の差し出した手を花梨は即握り返す。
 「僕たちって不思議なぐらい考え方が似ているよね」
 花梨が握り返した手を嬉しそうに見つめながら、先輩がそう言葉を続けた。た。花梨はこれまでの人生で類を見ないほど浮かれていた。浮かれて、ついうっかり口が滑った。
 「ずっと、リンと一緒に先輩を見ていましたから、先輩の考えることはお見通しです」
 「リンって誰?」
 先輩の問いかけに、秘密ですよ?と前置きしてリンのプログラムについて一気に話した。苦労して積み上げたプログラムを本当は誰かに認めてほしくてたまらなかった花梨。きっと先輩は認めてくれる、そう信じていた。花梨が詳細を話していくうちにだんだんと先輩の表情が曇っていく。しかし、花梨は気付けない。

 「それってさ、花梨ちゃんの行動全部が、ロボットの指示だったってこと?」
 先輩が無表情で聞く。
 「ポイント部分だけです。そこまで万能な機能にしてあげたいんですけれどまだコード書ききれなくって」
 先輩の手が離れたことをぼんやりと認知しながら、しかし、その意味にまで思い至らず花梨は熱に浮かされたように答える。
 「タクアンくれたのは」
 先輩が問う
 「リンの提案です」
 すごいでしょうと誇る気持ちを隠さずに花梨が答えた。
 「映画感想がピタリと一致したのも?」
 「もちろん、リンですよ!ここまでの精度にするの大変でした!」
 いよいよ、先輩の誉め言葉が来るのかと期待に胸を膨らませた。
 「すこし、時間がほしい。僕が見てたのは生身の花梨ちゃんじゃない。ロボットが考えた通りに動いてただけの、花梨ちゃんだったってことだろ?」
 だけど、先輩の反応は花梨の期待したものと真逆であった。

 「先輩、自分が惚れた行動は、リンの計算結果の積み重ねだって。だから、本当の意味で私を好きになったんじゃないんだってさ付き合うのは無しにしようって」
 リンの銀色のボディーに般若のような顔をした自分の顔が反射する。
 「先輩に関する情報を更新しました」
 リンが何時ものように情報を蓄積するのが無償に腹立たしい。

 お腹のそこからわき出てくる気持ちにしたがって、花梨はリンの胸をめがけて蹴りを入れた。リンが体勢を保てなくなって、そのまま後ろに倒れる。
 この日まで花梨が何かに暴力を振るうことなどなかった。驚く自分と、腹の中のモヤモヤがはれていく爽快感を感じた。
 「動力部分が痛いです。10㎏の急激な衝撃を関知しました。頭部が痛いです。30㎏の急激な衝撃を関知しました」
 耳慣れてしまったイントネーションでつらつらと痛がるリン。また、モヤモヤと怒りが沸き起こる。その気持ちを晴らすために踏みつけた。
 「人間みたいなことを言うな」
 こいつはロボットだ。こいつの動作プログラムは私が組んだんだ。それを使って愛されようとすることの何が悪いのか。先輩の考えがおかしい。
 誰に対して、何に対して怒っているのかわからないまま、怒りに任せて何度も何度もリン足を振りおろす。その度に損傷した部位、数値化した衝撃を読み上げ、取って付けたように痛いと繰り返すリン。

 ふと、悪魔の囁きが聞こえた。
 「リン、どのくらいの衝撃で壊れる?」
 「動力部は100㎏の衝撃、メインコンピューターは200㎏の衝撃で動作に不具合を生じる可能性があります」
 それ以下ならならばリンは壊れない。
 リンはロボットだ。壊さない限り、罪悪感を持つ必要はない。花梨は頭の中で計算する。思いきり蹴りとばして10㎏、頭部は角のところにぶつかったからだろうか、30㎏。思いきり踏みつけても15㎏。念のために追加情報をリンに聞く。
 「リン、30㎏程度の断続的衝撃によって壊れる確率は?」
 「10日間、1秒に3回程度、30㎏の衝撃で機能に支障が出る可能性があります」
 「安心した、わっ!」
 ロボットを思いきり踏みつける。蹴りつけるたびにいつもの心穏やかな自分に戻れる気がした。しかし、リンの次の言葉に再びもやもやと怒りが出る。
 「胸が痛いです。15㎏の衝撃を関知しました。」
 胸が痛いのは此方の方だよ。よりにもよって自分の分身のせいでフラれることになるとはね。
 「リン、充電」
 散々、踏みつけてすっきりした花梨はそういって部屋を出た。

 翌日、花梨がリンに向かって最初に発した言葉はこうだった。
 「モード、プログラミング、自己修復」
 久々にプログラミングモードを起動して自己メンテナンスのコードを強化してやる。あのなんとも気持ちの悪いモヤモヤを晴らすためにリンは重宝しそうだったから。そうしてもうひとつの目的を尋ねた。
 「リン、先輩と次にあった時とるべき行動は?」
 「結果を表示することにより、花梨が傷付くため、命令は取り消されました」
 「はぁ?人の恋路を邪魔しといて何?心の痛みがわかるとでも?ふざけんな」
 リンを蹴り倒し、気が済むまで足を振り下ろす。
 衝撃を受けた部位と衝撃の重さ、痛いと言うリンの声がしばらく部屋にこだました。

 リンをどのくらい痛め付けたのか、踏みつける足がダルくなったので1度その動きを止める。
 「花梨が傷付くので表示できません」
 とリンが言った異常さにようやく思い至った。これまでも結果を表示されないことはあったが、そのどれもが
 「質問を整理してください」というシンプルな反応であった。何故その質問に答えられないのか等ということは花梨が考えれば済むことで、わざわざ理由を説明するような余計な機能はつけていない。
 「リン、モード、コードの開示」
 花梨はそういってコードをざっと確認したがこれと言って原因になるものも見当たらない。
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