願う先の痛み4
文字数 2,190文字
あの時、飛鳥と由香が言い争ってなければ、幸人さんからの協力を明日以降も仰げたかもしれないのに。花梨はイラつきながら幸人さんにもらったコードを入力していく。
望まない三角関係に巻き込まれて由香には「大っ嫌い」と幼稚園の時よりパワーアップした同じ言葉を投げつけられた。妙にもじもじし始めた飛鳥の家に「幸人さんに会いたいから」と行くのは憚られるようになってしまった。もう2度と誰かのせいで不利益を被りたくない。不用な好意をすべて避けられたらいいのに。
そこまで考えて、「人との関係性を予測する」プログラムを組めばいいのだと気づいた。そうすればもうこういったことは起きないはずだから。
作るプログラムは2つ。
ひとつめは、相手の情報を入力し、相手の思考の解析。その後、好意が増す答え、関係性が変わらない答え、好意が減る答えの3種類を提示させる選択肢提示プログラム。ふたつ目が花梨に対する他者の評価をグラフ化し一定の水準、すなわち告白をしたい心理状態の手前になったらアラートが鳴ると言うもの。アラートの音は着信音と同じに設定しておけばその場を離れる自然な理由付けにもなるだろう。
この2つのプログラムで「人間関係の予測と不要な好意の回避」ができるようになる。
高校1年の夏にようやくそれが完成した。ネックはある程度相手の情報を入力しないと作動しないことだが、交流を深めるほどに予測の精度が上がるため、長く付き合う友人からは「よくそんなことまで覚えてるね!!ちゃんと大事にされている感じ!」と喜ばれることが多かった。
リンのプログラムを使うときは人にバレないようにした。「リンのプログラムを知らない人」という前提で積み上げた未来予測のプログラムだからだ。人に自分の功績を自慢できないのは残念だが、また最初からプログラムを組み直す労力の方が嫌だという気持ちの方が勝った。
同じ年の冬、花梨は恋をした。
サッカーが得意な1つ上の先輩。放課後にひたすら1人でプログラムを組む花梨とは対照的に、時間さえあれば誰かとサッカーしているような人。恋心に気付いた時はただ、教室の外からその姿を見られればいいと思っていた。冬休みが来て、先輩に会えない日には、こっそりかき集めた先輩のデータをリンに話して聞かせ、先輩の姿が見られない寂しさをまぎらわせた。
3月に入って、進級に備えたデータ整理をしていた時、先輩のデータ量がリンの「人間との関係性を予測するプログラム」を起動させるのに十分な量貯まっていることに気付いた。
「リン、放課後サッカーの練習している先輩に何を差し入れしたらいい?」
ほんの出来心、実践するつもりなどなかった。リンの答えを聞くまでは。
「タクアンで好意上昇、スポーツドリンクで横這い、クッキーで好意下降」
「タクアン?」
意外な答えにこの結果が合っているのか試してみたくなった。
翌日の放課後。
「先輩、もしよかったらこれ……」
花梨が差し出したタッパーを見て先輩が吹き出した。お腹を抱えて大笑いする先輩の様子にリンの計算は間違っていたのか不安になる。
「なんで、たくあんなの?」
笑いすぎて出た涙を指で拭って先輩が花梨に聞く。まさかリンの計算の結果です等言えるわけもなく。
「えぇっと、その体動かしたあとは私、タクアンが食べたくなるんです……だから」
先輩を見ていられなくて、目をそらした。いつか先輩が言っていたのをなぞっただけの我ながら下手な言い訳だ。差し出したタッパーを引っ込めようと動かした手が途中で止まる。
見ると先輩の手がタッパーを持っていた。もう少しで触れそうになっている指に気付き、思わず手を離した。
「へぇ?同じように考える人いたんだ」
先輩が嬉しそうにタッパーを掲げて、
「おっ、黄色い方!分かってるじゃん!ありがとう」
そう言って、花梨を見つめ、笑いかけてくれた。
「むしろ、ありがとうです!」
先輩の笑顔が眩しくて、嬉しくて変な日本語でそう返した花梨の頭を先輩が撫でた。
家に帰った花梨は早速今日の出来事を入力する。
「リン、先輩がタッパー返してきたときにどう反応したらいい?」
「受け取るだけにするで好感度上昇。アニメ映画に誘うで横這い。ホラー映画で好感度下降」
翌日、先輩が花梨の教室までタッパーを届けに来たが、リンに言われた通りタッパーを受けとるだけにした。
用事が済んで直ぐに去っていく先輩の背中を追いかけて映画に誘いたいのをこらえる。
「リン、先輩との接点なくなっちゃったよ?」
花梨はリンにそう話しかける。
「質問を整理してください」
リンがそう返す。未来予測に膨大な容量が必要なので、リンに雑談機能は付けていない。花梨の問いかけがリンの処理できない範疇の場合はそう答えるようにしてある。
「んーと、先輩の好感度をあげたいけどどうしたらいい?」
聞いてから、しまったと思った。質問の範囲が広すぎる。
「質問を整理してください」
花梨が予想した通りの言葉がリンから放たれた。
「んー難しいなこれ。とりあえず今日はいいや。リン、充電」
考えるのを後回しにしてとりあえず寝ることにした。焦らなくてもリンがいれば好感度を積み上げるのは難しくないのだ。
望まない三角関係に巻き込まれて由香には「大っ嫌い」と幼稚園の時よりパワーアップした同じ言葉を投げつけられた。妙にもじもじし始めた飛鳥の家に「幸人さんに会いたいから」と行くのは憚られるようになってしまった。もう2度と誰かのせいで不利益を被りたくない。不用な好意をすべて避けられたらいいのに。
そこまで考えて、「人との関係性を予測する」プログラムを組めばいいのだと気づいた。そうすればもうこういったことは起きないはずだから。
作るプログラムは2つ。
ひとつめは、相手の情報を入力し、相手の思考の解析。その後、好意が増す答え、関係性が変わらない答え、好意が減る答えの3種類を提示させる選択肢提示プログラム。ふたつ目が花梨に対する他者の評価をグラフ化し一定の水準、すなわち告白をしたい心理状態の手前になったらアラートが鳴ると言うもの。アラートの音は着信音と同じに設定しておけばその場を離れる自然な理由付けにもなるだろう。
この2つのプログラムで「人間関係の予測と不要な好意の回避」ができるようになる。
高校1年の夏にようやくそれが完成した。ネックはある程度相手の情報を入力しないと作動しないことだが、交流を深めるほどに予測の精度が上がるため、長く付き合う友人からは「よくそんなことまで覚えてるね!!ちゃんと大事にされている感じ!」と喜ばれることが多かった。
リンのプログラムを使うときは人にバレないようにした。「リンのプログラムを知らない人」という前提で積み上げた未来予測のプログラムだからだ。人に自分の功績を自慢できないのは残念だが、また最初からプログラムを組み直す労力の方が嫌だという気持ちの方が勝った。
同じ年の冬、花梨は恋をした。
サッカーが得意な1つ上の先輩。放課後にひたすら1人でプログラムを組む花梨とは対照的に、時間さえあれば誰かとサッカーしているような人。恋心に気付いた時はただ、教室の外からその姿を見られればいいと思っていた。冬休みが来て、先輩に会えない日には、こっそりかき集めた先輩のデータをリンに話して聞かせ、先輩の姿が見られない寂しさをまぎらわせた。
3月に入って、進級に備えたデータ整理をしていた時、先輩のデータ量がリンの「人間との関係性を予測するプログラム」を起動させるのに十分な量貯まっていることに気付いた。
「リン、放課後サッカーの練習している先輩に何を差し入れしたらいい?」
ほんの出来心、実践するつもりなどなかった。リンの答えを聞くまでは。
「タクアンで好意上昇、スポーツドリンクで横這い、クッキーで好意下降」
「タクアン?」
意外な答えにこの結果が合っているのか試してみたくなった。
翌日の放課後。
「先輩、もしよかったらこれ……」
花梨が差し出したタッパーを見て先輩が吹き出した。お腹を抱えて大笑いする先輩の様子にリンの計算は間違っていたのか不安になる。
「なんで、たくあんなの?」
笑いすぎて出た涙を指で拭って先輩が花梨に聞く。まさかリンの計算の結果です等言えるわけもなく。
「えぇっと、その体動かしたあとは私、タクアンが食べたくなるんです……だから」
先輩を見ていられなくて、目をそらした。いつか先輩が言っていたのをなぞっただけの我ながら下手な言い訳だ。差し出したタッパーを引っ込めようと動かした手が途中で止まる。
見ると先輩の手がタッパーを持っていた。もう少しで触れそうになっている指に気付き、思わず手を離した。
「へぇ?同じように考える人いたんだ」
先輩が嬉しそうにタッパーを掲げて、
「おっ、黄色い方!分かってるじゃん!ありがとう」
そう言って、花梨を見つめ、笑いかけてくれた。
「むしろ、ありがとうです!」
先輩の笑顔が眩しくて、嬉しくて変な日本語でそう返した花梨の頭を先輩が撫でた。
家に帰った花梨は早速今日の出来事を入力する。
「リン、先輩がタッパー返してきたときにどう反応したらいい?」
「受け取るだけにするで好感度上昇。アニメ映画に誘うで横這い。ホラー映画で好感度下降」
翌日、先輩が花梨の教室までタッパーを届けに来たが、リンに言われた通りタッパーを受けとるだけにした。
用事が済んで直ぐに去っていく先輩の背中を追いかけて映画に誘いたいのをこらえる。
「リン、先輩との接点なくなっちゃったよ?」
花梨はリンにそう話しかける。
「質問を整理してください」
リンがそう返す。未来予測に膨大な容量が必要なので、リンに雑談機能は付けていない。花梨の問いかけがリンの処理できない範疇の場合はそう答えるようにしてある。
「んーと、先輩の好感度をあげたいけどどうしたらいい?」
聞いてから、しまったと思った。質問の範囲が広すぎる。
「質問を整理してください」
花梨が予想した通りの言葉がリンから放たれた。
「んー難しいなこれ。とりあえず今日はいいや。リン、充電」
考えるのを後回しにしてとりあえず寝ることにした。焦らなくてもリンがいれば好感度を積み上げるのは難しくないのだ。