願う先の痛み 1

文字数 3,326文字

 「ねぇ、ちょっと見せて」
 花梨(かりん)は友人の由香(ゆか)が持っているキラキラした花の指輪を指差した。
 太陽の光を受けて七色に輝くプラスチックの指輪。もう少し間近でじっくり見てみたいと、両手を顔の前で合わせてお願いする。
 「嫌だって言ってるでしょ、もう、しつこいな」
 由香は指輪をしている手を花梨から遠ざけてアッカンベーをする。2人は同じやり取りをもう10回は繰り返していた。そろそろどちらかが嫌になってもおかしくない頃だった。
 「少しだけだからね?ね?」
 それでもなお食い下がる花梨。説得を諦めた様子で由香が怒りを隠さずに言った。
 「もうっ!、鞄にお片付けする。おしまい!!」
 そう言って自身の幼稚園鞄がしまってあるロッカーの方へと1歩踏み出した由香。それを花梨がロッカーに近づけないように立ちふさがった。キラキラ輝くその指輪をどうしても手に取って見たかった。
 「どいてよ、じゃまをしないで」
 由香がそう言って花梨を押し退けようと手を伸ばし、花梨の肩を押した。由香の意識が指輪から逸れたのが花梨にわかった。押されたことよりも、花の指輪が自分の手元に来る可能性に心が踊った。上手いこと指輪を奪いとれた花梨は、そのままそのうっとりと指輪を見た。角度を変えると赤、青、黄色、緑……と変化する指輪をまるで魔法でも使っているようだと眺める。眺め終わったらすぐに返すつもりだった。
 「花梨ちゃんが盗った!!」
 由香の大きな声にビックリして辺りを見回すと、幼稚園の先生が近づいてくるのが見えた。先生が来てしまったら2度とこの指輪が見られなくなるかもしれない。そう考えた花梨が慌てて、由香の手に花の指輪を押し付けた時、花びらが1つポロリと取れた。それを見た由香の目に涙が浮かぶ。花梨は、完璧なものを壊してしまったショックでどうすればいいか分からなくなった。
 「何かあったの?」
 2人の元にやってきた先生は、まず泣いていない花梨にそう問いかけてきた。だけれどショックで頭がボーッとしていてうまく答えられない。
 「か、花梨ちゃんがね、私のっ、指輪を、バキって、壊したの」
 由香がボロボロと涙をこぼし、しゃくりあげながら説明する。
 「ちょっと見せて?あぁ、これならすぐに直るよ」
 先生は由香にそう言って微笑みかけ、花梨に向き直る。
 「それで、花梨ちゃんはどうして指輪を壊しちゃったの?」
 「……壊してない」
 花梨はそう答えた。壊すつもりはなかったのだ。ただ少し見せて欲しかっただけで。見たらちゃんと綺麗なまま由香ちゃんに返すつもりだった。返すときにきちんと受け取らなかった由香ちゃんが壊したのだ。
 「嘘つき!花梨ちゃん嫌い!!」
 花梨の言葉を聞いていた由香がそう言って非難した。
 「じゃあどうして、この指輪が壊れているのかな?」
 先生の問いかけに、花梨は花弁の欠けたお花の指輪を見る。ほんの少し前の綺麗なお花の指輪を思い出して花梨の目にも涙が浮かぶ。ちゃんと由香が受け取ってさえいたら壊れなかったのに。
 「そうだね、ごめんなさいだね」
 花梨の涙を勘違いした先生がそう言って2人を握手させた。
 「さっ、直してあげるから由香ちゃんも許してあげよう?」
 先生の言葉に由香が頷くのが見えた。
 花梨だけがその指輪が壊れてしまったショックから立ち直れないまま、この問題は解決してしまった。

 「花梨、起きなさい」
 母親の声で目が覚めた。幼稚園の頃の記憶なんてほとんど覚えていないのに花の指輪の記憶だけは繰り返し夢に見る。
 今思えば、たかだかプラスチックの指輪になぜあれほど入れ込んだのかわからない。だけど当時は見たくて触れたくてたまらなかった。それを邪魔する由香が悪の手先のように感じられた。
 先生が指輪を直して機嫌のなおった由香とは今も良い距離感で付き合っている。が、喧嘩になるからと2度とその指輪を見ることは叶っていない。

 「花梨??起きてるの??」
 声をかけるのに疲れてきたのだろう。少しイラついた母の声が部屋のドアの前から聞こえた。
 「今日、土曜日だし。ゆっくりしてようかと思って」
 部屋に入ってきてお小言が始まってはたまらない。花梨がそう返事すると、
 「花梨が中学生になるから今日、ロボット買いに行こうって言ったじゃない」
 母親がいかないの?と言葉を付け足す。
 「行く!!」
 花梨はベッドから飛び起きて支度をした。急いで部屋のドアを開けると部屋の前で待っていた母親にぶつかりそうになる。
 「全く、花梨はしたいことへの行動だけは早いんだから」
 ため息混じりに言う母親を引っ張って電気屋へと急いだ。

 「中学生が持ってておかしくないロボットってあるかしら?」
 母親が店員に話しかけるのを遠くで聞きながら花梨は並んでいるロボットを物色していた。
 子供向けと書かれたロボットには
 GPS機能、防犯機能、メール、電話、自動追跡といった機能が搭載されており、大きさは大体100センチ程度。デザインは様々で、質の良いものや精度の高い人間に近い見た目の物ほど高価になっている。
 ふと、自分より少し幼いくらいのヒトガタのロボットが目についた。一瞬本物の人間と見間違えそうな、しかしよく見ると明らかに人形だとわかる作りで特色の欄に「未来予測」とある。
 「お母さん!私これが良い」
 花梨は店員と話していた母親を呼び寄せて言った。
 「さ、300万……花梨どうしてこれが良いの?」
 頭ごなしに否定すると頑固になる性格を熟知している母親がそう尋ねた。
 「未来予測ってすごいことが出来そうでしょ?」
 花梨が前のめりにそう話す。
 「未来予測って花梨、データを積んでそこから計算された結果が表示されるだけよ?」
 大したことない……といった雰囲気を言葉に纏わせてなんとか諦めさせようとする母親。
 「でも、他のロボットにはできないんだよ?私これが良い」
 花梨が食い下がる。300万ポンと出せるような家庭じゃないわよ?と表情で訴えてくる母親。でも、絶対にこれが良いんだと両手を合わせてねだる花梨。無言の母子バトルが繰り広げられているのを見ていた店員が言った。
 「それでしたら、プログラミング機能つきのロボットはいかがですか?」
 「70万……。他のロボットと比べてもずいぶん安いのね?」
 母親が店員の声に反応してそれを見に行く。
 「えぇ。基本機能以外入っていないのでそのぶんが安いです。ただ、あとからの入力が可能なのでお客様の手で好きにカスタマイズできますよ」
 店員が説明する。
 「基本機能って何ができるの?」
 母親が聞くと店員はすらすらと答える。
 「メール、ウェブ閲覧、所有者が歩くスピードに合わせた走行、電話、GPS、防犯ベル機能、アプリケーションのダウンロードベースです。お嬢様の年ですと簡単なプログラミングは習っている頃でしょう。実践知識を増やしてほしいと買っていかれる親御さんは多いですよ」
 「未来予測機能ないじゃん」
 花梨が不満げに言ったのを受けて店員が熱っぽく語り始める。
 「自分でカスタマイズできるから、これからドンドン新しいロボットが新しい性能を実装していくのに合わせて、いや、誰も持ってないロボットの性能を作り出すことだって可能なんだよ?」
 「ふぅん……」
 新ロボットがでる度に買ってもらえる訳じゃないからなぁ……と花梨は考える。性能が自分次第で作り出せるのは魅力的な提案だと思った。
 まだ迷っているそぶりを崩さずに話題になっているロボットを見る。先程のロボットとはうって変わって明らかにロボットとわかる形だ。四角い頭に電波を受けるアンテナが突き刺さっている。手は三本指で三角形に配置されている。物をつかむことはできるが、手芸や調理などの細かい作業はできないだろう。足の代わりに車輪で動くようだ。……見た目よりも最新のツールを更新し続けられるということに惹かれて花梨はこれに決めた。
 「これでもいいよ」
 花梨は母親にそう告げる。
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