願う先の痛み 3

文字数 2,824文字

 「あーもう!!わっかんない」
 家に帰った花梨はリンに向き合いコードを入力しては消し、また別のコードをいれる作業を再開した。
 「なに?どこがダメで作動しないわけ?」
 未来予測の構想が遅々としてすすまないので、まずは基本を押さえようと本をめくる。初級と題された通路記録のプログラムを見つけた。花梨はこれならば出来るだろうと試しに入れてみているのだ。しかし、どこを間違っているのか、いつも家を出るところで止まってしまう。
 「うーーん」
 やっぱり先にどこにエラーコードがあるのか教えてくれるプログラムをいれるべきかな。だけどそれは、やりたいことからどんどん遠ざかる気がして気が進まなかった。
 「やっぱり1人だけでやるんじゃ無理なのかなぁ」
 自分なりに書いた工程表を何度も書き直し、くじけそうだ。
 「こんなことなら、粘ってあのロボット買ってもらうんだった……」
 花梨の呟いた言葉を母親が
 「あんな高いの無理よ?ちょっと休憩して夕飯食べたら?」
 と諌める。花梨は計画書をグシャグシャに丸めて捨ててしまいたい衝動を、夕飯を食べる行動でごまかそうと母親のいうままに動く。食べ終えるなり部屋に急ぐ花梨の背中を見て、
 「やっぱりちょっと早すぎたかしら?」
 と心配そうに母親が呟くのが聞こえた。

 翌日、花梨が寝不足のまま登校すると、飛鳥が声をかけてきた。
 「なぁ、花梨。兄ちゃんがプログラミング教えてやろうか?って言ってるんだけど今日家に来る?」
 「いいの!?」
 完全に行き詰まっていた花梨。その申し出をする飛鳥に後光が差して見える。
 「えっ!?飛鳥くんのお家なら私も行く」
 2人の話が聞こえたのだろう、由香が急に話に加わってくる。
 「花梨と兄貴がプログラミングの話をするだけだよ?」
 飛鳥が心配そうに確認すると
 「その間、一緒に宿題でもして待とう?」
 由香が分かりやすく飛鳥を誘っているが、飛鳥はそれに気づく様子もなく、
 「なら、ランドセルを家に置いたら集合な」と約束をまとめた。

 「君が花梨ちゃん?」
 飛鳥の兄、幸人がそういって花梨に微笑んだ。小学6年生の花梨にとって高校1年生の幸人は大人で、なんでもできるできる人のように見える。
 「はい!今日はお招きいただきありがとうございます」
 花梨は母親に持たされたお菓子をそういって手渡す。
 「なるほど、さすがその歳で自分でプログラムを組もうなんて思うだけあってしっかりしてるね」
 幸人がお菓子をありがとうと受け取りながらそう言った。ただのお世辞だとわかっているのに花梨は顔が熱くなるのを感じ、思わず目をそらす。
 「子供扱いに聞こえちゃったかな?ごめんね。先に来た由香ちゃんって子は飛鳥と宿題やってるけど、花梨ちゃんはどうしたい?」
 幸人は落ち着いた物腰で花梨に聞く。
 「プログラミングの事について教えていただけませんか?」
 待ちきれずにそう答えた花梨に
 「じゃあ、リビングで話そうか」
 と幸人が案内する。
 「これが僕のプログラミング対応ロボット」
 見せてもらったロボットはきちんとヒトガタをしているものの、精度はマネキンに近い。
 「ユキ、お茶をだして。2杯」
 幸人が命令するとピッと電子音がしてユキと呼ばれたロボットが動く。
 「おしゃべりはしないんですね?」
 花梨の言葉に
 「音声データをいれるとそれだけで記憶の容量を圧迫するだろ?だからなるべく無駄な機能は入れないようにしているんだよ。そうだ、花梨ちゃんのロボットの製造番号か商品名聞いていい?」
 花梨がメモしてきたそれを幸人に渡すと
 「確かこのタイプって人間じゃなくていかにもってやつだよね。容量がでかくて処理速度もそれなりに早かったはず。渋いの持ってるね。女の子だし、小型動物とか自分より少し低年齢の見た目のロボットを選ぶのが大半だと思うんだけど」
 製造番号を見ただけで幸人が一気にそう言いハッとしたように花梨を見る。
 「えっと、もしわからない単語があったりしたら話の途中でもいいから聞いてね?よく家族からもプログラミングの事となると宇宙語を話すって言われてるんだ。気を付けるつもりではあるけれど……」
 幸人はそういって照れたように笑って頭をかく。その様子は飛鳥にそっくりだった。
 「大丈夫です」
 花梨は本を差し出して幸人に答える。
 「これを読みながらですけれど、なんとかコードを入力するところまでは来ていますから」
 「わぁ!なっつかしい。うんうん。この本いいよ。基礎はこれを押さえたら大丈夫。花梨ちゃんは優秀だなぁ」
 そういって頭をグシャグシャと撫でられた。大人に手放しで誉められて花梨は大満足だった。
 「それで、今は何を組んでるの?」
 「それが。最終的には未来予測プログラムを組みたいんですけれど。その前段階の通路記憶のところで詰まってて」
 「エラーコードを教えてくれるプログラム入れてないの?」
 幸人がそう聞く。
 「やっぱり必要ですか?」
 「未来予測ってことは大量のデータ収集と解析、分析、並べかえ、確率計算だろ?予測したい内容によるけどエラーコード教えてくれる物があった方が楽だと思うな。自分で組みたいってこだわりがないなら無料でダウンロードもできるけど、これ、表現の仕方がいまいちなんだよ」
 ユキが2人の前に麦茶のはいったコップをおいて、元の場所に帰り、充電を開始するのを横目で見ながらそういう。
 「表現?」
 花梨が聞き返す。
 「あぁ、衝撃とかで回路や部品が痛んだりしているのを教えるのが元々の目的だったからね……花梨ちゃんの持ってるのは音声出入力タイプだからオフにするわけにもいかないだろうし」
 自分の中に入ってぶつぶつ言っている幸人を呼び戻すために花梨がもう一度
 聞く。
 「どういった表現なんですか?」
 「あぁ、ごめん痛いって表現するんだよ。回路のどこが痛い、ここが痛いって」
 「それなら問題ないです」
 花梨は答えた。所詮はロボット。痛みなど感じていないことを知っていればそれは「エラー」といっているのと大差ないことだ。
 「じゃあ、そのプログラムを今日は入れとこうか。今日連れて来ていたなら今から入れられたのだけど……」
 残念そうに言う幸人にいくつかのメモをもらって花梨は帰ることにした。早く帰ってコードが書きたかった。一応誘ってきたのは飛鳥だから挨拶をせずに帰るのも悪いかと、飛鳥と由香のいる部屋へ向かう。

 「だから付き合ってよ!飛鳥!」
 「花梨が好きだって言ってるだろ!」
 ドア越しにそう言い争う声が聞こえた。花梨が聞かなかったことにして帰ろうとした時、
 「花梨ちゃん、もうひとつ良さそうなコードのメモあったから……」
 幸人がそう声をかけ、ドアの向こうの言い争いの声がピタリと止んだ。
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