第4話

文字数 1,230文字

 エアプロデューサーの紹介により、エアボーカルとエアキーボードが加入した。エアボーカルは専らビジュアル担当で歌はそこそこだったが、エアキーボードは作曲の才能があった。メンバー全員が作詞を作成し、エアキーボードが作曲することにより、エアバンドはオリジナル作品の制作に取り組んでいくようになった。
 
 そうやって完成したのが彼らのファーストオリジナルシングルが『あるようでないような』だった。それまで無骨なオルタナバンドだったエアバンドとは似つかぬ、垢抜けて都会的なポップサウンドに仕上がっていた。「限られた予算は売れる場所で使う」というエアプロデューサーの意向もあり、プロモーションのほとんどが地元で行われた。
 そのプロモーションの一つがレディオキューブことエフエム三重での箱番組だった。
「エアバンドのロックでパンク!」
「今日のお便りはエアーネーム“いしぐれコンクリートブロック”さん18歳です。『今年から県外の大学に通い始めたのですが「ござる」が通じません。「ござる」は方言なのでしょうか』とのことですが、メンバーどうでしょう」
「『ござる』って方言なん?」
「いや、普通に『先生がござったでー』とか言うやろ」
「というわけでエアバンド的には『ござる』は標準語でしたー!」
「それではいしぐれコンクリートブロックさんのリクエストでエアバンド『あるようでないような』です」
 仏壇店の提供で放送されたその箱番組は深夜のローカル枠にも関わらず地元の中高生を中心に知れ渡るようになり、曲のリクエストも次第に増えていったのだった。
 その結果、『あるようでないような』は大手調査会社の全国ヒットチャートでは目立つことはなかったものの、三洋堂北勢店では販売・レンタルともに26週連続1位を記録した。
 続く『見えないものは見えない』はエアベースが作詞を担当した楽曲だったが、妬みや僻みといった人間の負の感情を赤裸々に描いた歌詞と執拗に繰り返される陰鬱なメロディーラインが一部の熱狂的なファンを惹きつけ、ヒットチャート42位まで一気にジャンプアップした。その強烈な話題性もあり、エアバンドは国内最大級の夏フェスに招待されたのだった。
 エアプロデューサーは夏フェス参戦にあたって更に1曲制作することを厳命した。
「一時的なヒットの恩恵でフェスに参加するんじゃない。フェスで新曲を披露してさらに階段を上っていくんだ」
 そうして、満を持して完成した『存在感』は軽快なビートにエアドラムらしい明るくて爽やかな歌詞のカントリーソング調に仕上がった。清涼飲料水のキャンペーンソングにも採用されたこの曲は老若男女に愛され、ヒットチャートも最高13位を記録した。
 全国的にも知られるようになったエアバンドはテレビの音楽番組に出演することが決まった。そのニュースは地元を駆け回り、放送当日のメンバーがスタジオの階段を下りる場面では三重県内の世帯視聴率は60%を突破した。
「髪切った?」
「はい、毎日剃ってます」
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