第3話

文字数 1,514文字

 エアバンドは引き続き駅前で地道に活動を続けてきた。だが何よりもその話題性ゆえに見物客はうなぎのぼりに増えていった。かつては通行人がたまたまエアバンドの演奏に出くわし足を止めるという観客の集まり方だったが、いつの間にか観客は路上ライブの予定を雰囲気で察知し、エアバンドの登場前に待機するようになっていた。私の学校にもエアバンド目的で駅までわざわざ足を運んでくる生徒がいるほどだった。
「エアバンドの路上ライブってどこの駅でやっとるか知っとる?」
「いや、知らんし」

 そしてエアバンドはとうとうテレビに取り上げられるようになった。
「今、西藤原駅で話題になっているのがこちらのエアバンドです」
 ケーブルテレビ四日市のアナウンサーに紹介されると、楽器を手に待機していたメンバーはエアドラムの合図に乗ってHi-STANDARDの『My first kiss』を披露した。
 当初兄はその選曲には「ちょっとポップすぎないか」と難色を示していたが、エアベースに「音楽自体はパンクロックだし、多くの人に馴染みある楽曲はテレビで有効」となだめられていた。そんな経緯はあったものの、兄は魂を込めたエアギターを披露し、土曜昼のお茶の間にエアバンドの存在を見せつけたのだった。
「それではメンバーの皆さんにお話伺いましょう」
 演奏を終えると、エアドラム、エアベースと順にインタビューに応じていった。エアドラムはいつもの朗らかな雰囲気で対応し、エアベースも人前で話すのは慣れているようで無難にインタビューに応じていた。一方で兄は明らかに緊張しているようだった。無理もない、今までテレビはおろか、大勢の前で話すという経験をしていないからだ。
「家族に恥かかすようなこと言わないでくれよ…」
 父はテレビを前に祈るように手を握って、兄と同じくらい緊張しているようだった。私はあくまで冷静を装っていたが、父同様に兄の言動には心配していた。母は相変わらず無関心だ。
「やはり目指すはメジャーデビューと言ったところでしょうか」
 その質問はアナウンサーにとっては何気ないものだったろうが、私も父も兄の進路を勝手に決めるなと抗議したかった。
「いえ・・・、今は単にエアギターが楽しくて・・・、音楽を通じてこんな仲間も出来ましたし・・・、それがただただ楽しいだけで、メジャーデビューなんて考えたこともないですし・・・」
 緊張はしているが、テレビカメラの前でも兄は慎重に言葉を選んでいた。冷静にインタビューに応じる兄の姿を見て私たちは安堵した。
「・・・ましてやフェスとか、対バンとか、ミュージックビデオとか、ドラマの主題歌なんて想像したこともないです」

 メジャーデビューは考えていないと言ったことにはなっているものの、地元出身の唯一無二のオルタナバンドとして採り上げられるようになったエアバンドに対する市民の気体、ではなく期待も膨らんでいった。
 そこに目を付けたのが、敏腕エアプロデューサーだった。
 エアプロデューサーもまた遠路はるばる駅前路上ライブに足を運んできた。三岐鉄道の紙の切符の扱いに慣れなかったため電車を一本逃し、予定より1時間遅れたのが誤算だったが最後の1曲には間に合った。彼らの演奏する「ゼア・シー・ゴーズ」を駅舎から遠巻きに聞き、エアバンドが演奏を終えると拍手をしながら彼らに歩み寄った。観衆はエアプロデューサーが放つ「有名人のオーラ」に恐れ慄き、モーセの海割りのように道を開けていった。
「君たちはもっと人目に触れられるべきバンドだ」
 それがエアプロデューサーのエアバンドに対する口説き文句だった。彼との出会いによりエアバンドはかつてない状態変化を経験することになる。
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