慰労会
文字数 1,603文字
四月下旬の日曜日、私は社長さんに呼び出される。ささやかながら慰労会をしてくれるらしい。
碧に変装するのはプロモーションの撮影以来だ。応接スペースで待っていると、ラベンダー色のカットソーにアイボリーのスラックス姿の社長さんが現れる。
「お疲れ様です」
「こんにちは、髪が伸びたね。そろそろカットしないと、女の子だってバレるよ」
これでも短いと思ったけど、ショートの場合、1センチでも伸びると印象が変わるみたいだ。お給料が入ったことだし、近々、美容院に行こう。
プロモーション出演したことがキッカケで、お手入れに力を入れるようになった。少しでも、肌や髪を美しく見せないとね。
テーブルに空のティーカップセットとデザートプレートが二つずつセットしてある。ドアがノックされて、二人の女性スタッフさんが入ってきた。ティーポットと大きな紙箱を置くと、揃って退出する。
社長さんがそれぞれのカップに紅茶を注いだ。熱々の湯気がたなびいて、良い香りがする。
白い陶磁のポットを置くと、紙箱を開けて、中を見せてくれた。ビッシリと色とりどりのケーキが詰まっている。
「どれもおいしそう」
「ディスプレイされていたものを一通り選んだわ」
「大人買いですね」
「本当はディナーに連れて行きたいところだけど、高校生のお嬢さんを遅くまで付き合わせるのは悪いからね」
「いえいえ、充分です」
どれにしようか迷った末、ピンク色のケーキを選んだ。社長さんは緑色のケーキを自分の皿に載せる。
いただきますと手を合わせて、フォークを掴んだ。イチゴ味のレアチーズケーキで、爽やかな甘酸っぱさが口に広がる。
「うー、幸せ。ケーキは二月の誕生日以来です」
「あまり大きくないし、あと一個は入るでしょう。遠慮なく食べなさい」
「ありがとうございます。社長さんが食べているのは抹茶ですか?」
「ピスタチオ」
ケーキを食べながら、学校のことやボイストレーニングの成果などを社長さんに話す。一つ目を食べ終え、二個目のケーキを取ったところでドアがノックされた。
「月原さん、緋彩です」
「どうぞ」
てっきり、社長さんとサシだと思っていた。黒のキャップを被り、Tシャツの上にジャケット、ボトムはデニムという格好の緋彩が入ってくる。
今日も格好良い。許されるならば、スマートフォンで連写したいくらいだ。
「随分早かったね、夕方まで掛かると思ったから先に食べていたわ」
「相手役の子が体調不良で休んじゃって、オレだけが出るシーンしか撮れなかったんだよ。碧、久し振り」
「お久し振りです」
私が頭を下げると、くしゃっと髪を撫でられた。頭皮を刺激されて、ゾクッとする。スタッフさんが緋彩の皿とカップを持って来た。
「慰労会って言うから肉が出るのかと思ったけど、ケーキなんて女子会みたいだね」
「ささやかながらと言ったでしょうが。嫌なら食べなくて結構」
「すみません、失言でした。ケーキ大好きだから恵んでください」
「ホラ、好きなものを二つ取りなさい」
「どれもうまそうじゃん。じゃあ、モンブランとイチゴが載っているヤツをもらうね」
緋彩はニコニコしながら、ケーキを二つ、自分の皿に載せる。可愛いな、甘いものが好きなんだ。
「碧は何を食べているの?」
「まだ手を付けていませんが、チョコレートケーキです」
「それ、一口ちょうだい」
私は皿ごと緋彩に押しやる。緋彩はフォークでケーキを刺すと、口に運んだ。
薄めの唇やチョコを舐め取る舌を凝視する。うわ、エッチだな。
「お返しに、オレのケーキを食べていいよ。どっちがいい?」
「じゃあ、モンブランで」
「OK」
緋彩はモンブランを食べやすい大きさにして、満面の笑みを浮かべた。これは、もしや。
「はい、あーん」
私が煩悩に負けないか、試しているの? 男の子同士でこういうことをするのは、ボーイズラブの世界限定と思っていた。固まる私を、きっと社長さんは憐れみの目で見ているに違いない。
碧に変装するのはプロモーションの撮影以来だ。応接スペースで待っていると、ラベンダー色のカットソーにアイボリーのスラックス姿の社長さんが現れる。
「お疲れ様です」
「こんにちは、髪が伸びたね。そろそろカットしないと、女の子だってバレるよ」
これでも短いと思ったけど、ショートの場合、1センチでも伸びると印象が変わるみたいだ。お給料が入ったことだし、近々、美容院に行こう。
プロモーション出演したことがキッカケで、お手入れに力を入れるようになった。少しでも、肌や髪を美しく見せないとね。
テーブルに空のティーカップセットとデザートプレートが二つずつセットしてある。ドアがノックされて、二人の女性スタッフさんが入ってきた。ティーポットと大きな紙箱を置くと、揃って退出する。
社長さんがそれぞれのカップに紅茶を注いだ。熱々の湯気がたなびいて、良い香りがする。
白い陶磁のポットを置くと、紙箱を開けて、中を見せてくれた。ビッシリと色とりどりのケーキが詰まっている。
「どれもおいしそう」
「ディスプレイされていたものを一通り選んだわ」
「大人買いですね」
「本当はディナーに連れて行きたいところだけど、高校生のお嬢さんを遅くまで付き合わせるのは悪いからね」
「いえいえ、充分です」
どれにしようか迷った末、ピンク色のケーキを選んだ。社長さんは緑色のケーキを自分の皿に載せる。
いただきますと手を合わせて、フォークを掴んだ。イチゴ味のレアチーズケーキで、爽やかな甘酸っぱさが口に広がる。
「うー、幸せ。ケーキは二月の誕生日以来です」
「あまり大きくないし、あと一個は入るでしょう。遠慮なく食べなさい」
「ありがとうございます。社長さんが食べているのは抹茶ですか?」
「ピスタチオ」
ケーキを食べながら、学校のことやボイストレーニングの成果などを社長さんに話す。一つ目を食べ終え、二個目のケーキを取ったところでドアがノックされた。
「月原さん、緋彩です」
「どうぞ」
てっきり、社長さんとサシだと思っていた。黒のキャップを被り、Tシャツの上にジャケット、ボトムはデニムという格好の緋彩が入ってくる。
今日も格好良い。許されるならば、スマートフォンで連写したいくらいだ。
「随分早かったね、夕方まで掛かると思ったから先に食べていたわ」
「相手役の子が体調不良で休んじゃって、オレだけが出るシーンしか撮れなかったんだよ。碧、久し振り」
「お久し振りです」
私が頭を下げると、くしゃっと髪を撫でられた。頭皮を刺激されて、ゾクッとする。スタッフさんが緋彩の皿とカップを持って来た。
「慰労会って言うから肉が出るのかと思ったけど、ケーキなんて女子会みたいだね」
「ささやかながらと言ったでしょうが。嫌なら食べなくて結構」
「すみません、失言でした。ケーキ大好きだから恵んでください」
「ホラ、好きなものを二つ取りなさい」
「どれもうまそうじゃん。じゃあ、モンブランとイチゴが載っているヤツをもらうね」
緋彩はニコニコしながら、ケーキを二つ、自分の皿に載せる。可愛いな、甘いものが好きなんだ。
「碧は何を食べているの?」
「まだ手を付けていませんが、チョコレートケーキです」
「それ、一口ちょうだい」
私は皿ごと緋彩に押しやる。緋彩はフォークでケーキを刺すと、口に運んだ。
薄めの唇やチョコを舐め取る舌を凝視する。うわ、エッチだな。
「お返しに、オレのケーキを食べていいよ。どっちがいい?」
「じゃあ、モンブランで」
「OK」
緋彩はモンブランを食べやすい大きさにして、満面の笑みを浮かべた。これは、もしや。
「はい、あーん」
私が煩悩に負けないか、試しているの? 男の子同士でこういうことをするのは、ボーイズラブの世界限定と思っていた。固まる私を、きっと社長さんは憐れみの目で見ているに違いない。
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