ソロでプロモーション撮り
文字数 2,185文字
四月に入ってすぐの日曜日に、ウェブで公開する動画の撮影を行う。スケジュールの関係で、緋彩とは別撮りになった。残念ではあるけど、社長さんが私に配慮したのだろう。
白シャツの上に淡い緑のモヘアベストを着て、白のパンツを穿く。メイクや髪のセットをしてもらい、プロの技術に感心した。私はおっとりして見える顔立ちだけど、眉をキリッとさせて、ツリ目っぽくなっている。
控え室で準備を済ませた私を社長さんが迎えに来た。スタジオに向かう途中で、社長さんがコソッと耳打ちする。
「トイレは平気?」
「今は大丈夫です」
「ここは通路に監視カメラがあるから、男子トイレを使ってもらうわ。入り口近くで見張りはするけど、誰かが入ってきたら個室で待機するように」
「分かりました」
「今日は碧一人だから、どれだけ押しても構わないわ」
「それは、ありがたいです」
「無茶振りする監督だけど、クオリティの高いものを作るの。戸惑うと思うけど、求めに応じなさい」
「どんなことを指示するんですか?」
「この後、嫌というくらい分かる」
社長さんは、フッと鼻で笑う。やだ、怖い。
スタジオは思っていたよりも狭く、一面緑の壁と床のエリアがある。なるほど、後でクロマキー合成をするのか。
社長さんと一緒に、監督さんをはじめとするスタッフさんに挨拶する。まずは絵コンテを見ながら、撮影の流れを聞いて、監督さんの指示通りに動いた。
「碧くん、緋彩くんに笑い掛けて。よっしゃ、行こうって感じで」
カメラに映らない場所で、緋彩と同じ背丈のスタッフさんが代わりに立っていた。申し訳ないけど、似ても似つかない。スタッフさんも苦笑いしている。
「カメラを甘く見つめて。女の子をとろかすように」
これが無茶振りか。日常生活で甘く見つめたり見つめられたりしたことがないのに。
私はレンズ越しに微笑み掛ける。メロメロにしちゃうぞ、子羊ちゃん。監督さんは腕組みしながら、これじゃないという感じで首を捻る。
「悪くはないけど、キュートさが勝っている。二割程度、雄っぽさを滲ませて」
注文が多いな。どう動けば正解なの?
助けを求めるように、監督さんの後ろにいる社長さんを見る。頑張れと、手をグーにして応援された。ヒントを与えてくださいよ。
休憩を挟みながら、気が遠くなるくらいやり直しを命じられる。今日中に終われるだろうか。
無事に撮影が終わり、私はグッタリと椅子に座り込んだ。燃え尽きたぜ、真っ白にな状態である。
「お疲れ様」
「長く時間を掛けてすみませんでした」
ヨロヨロの状態で、社長さんに会釈した。社長さんがジュースの入った紙コップを私に差し出す。ありがたく受け取って、コクコクと飲んだ。
「途中までは迷走していたけど、最後は良い表情を見せていたよ」
「本当ですか、良かったあ。緋彩は、あんな無茶振りにも難なく応えているんですよね」
「そうだね。あの子は分析力と判断力に優れているから、監督が言わんとすることを理解出来るみたい」
さすがはプロ、惚れ直しちゃう。社長さんが私を見ているので、ギクッとした。よこしまなことを考えていると思ったのかな。
「私ね、あなたのことを厄介ファンだと思っていた」
事実なので、目を逸らしながら笑う。しかも、私が女の子というせいで、しなくていい面倒を掛けていた。
「でも、歌の練習やレコーディング、そして今日の撮影と、真剣に取り組んでいたね。手間の掛かる子だけど、頑張ってくれて助かる」
社長さんは母性溢れる笑みを浮かべる。リスクを承知で、こんな私を緋彩と組ませてくれた。裏切ってはいけないよね。
ファーストソング「僕だけのプリマベーラ」は、緋彩の人気もあって反響が大きい。CD売上やダウンロード数、動画再生数は好調だ。緋彩が出演する清涼飲料水のCMにも「僕だけのプリマベーラ」が使われて話題になる。
改めて動画を見て、不思議な気持ちになった。別々で撮ったのに、私と緋彩が一緒に歌っている。殺風景なスタジオが嘘みたいに、青空と満開の桜、花のじゅうたんとカラフルな世界に変わっていた。
私なりに監督さんの要求に応えたつもりだけど、緋彩と比べて、まがいものだと痛感する。私の微笑みには必死さがあるけど、緋彩のものは赤面するくらい甘ったるい。
何回も再生しては、緋彩のアップを見て、奇声を発する。緋彩の彼女になったようなフワフワ感に浸るも、くやしさも確かに同居していた。
「僕だけのプリマベーラ」発表後、私は正体がバレないか不安だった。今のところ、怪しまれてはいない。四月の新生活に慣れていない状態だから、皆の心に余裕がないせいもあるのだろう。
普段はセミロングのウィッグを被って、眼鏡も掛けている。プロモーションの碧はメイクで印象が違って見える上、キラキラエフェクトが掛かっていた。これならば、ちょっと似ているレベルで誤魔化せそう。
高校に入ってからは、教科で音楽を選択していない。ボイストレーニングのお陰で歌声の印象は変わっただろうから、プロモーションを見てバレる可能性は低いと思う。
本来、Julは二人一緒で歌以外の活動もする予定だった。でも、私のせいで緋彩一人がJulとしてのインタビューや撮影を引き受けている。
緋彩は歌も上手いと称賛されていた。中には碧が可愛い、声も良いという意見もある。碧を好意的に見てくれるのは、素直に嬉しかった。
白シャツの上に淡い緑のモヘアベストを着て、白のパンツを穿く。メイクや髪のセットをしてもらい、プロの技術に感心した。私はおっとりして見える顔立ちだけど、眉をキリッとさせて、ツリ目っぽくなっている。
控え室で準備を済ませた私を社長さんが迎えに来た。スタジオに向かう途中で、社長さんがコソッと耳打ちする。
「トイレは平気?」
「今は大丈夫です」
「ここは通路に監視カメラがあるから、男子トイレを使ってもらうわ。入り口近くで見張りはするけど、誰かが入ってきたら個室で待機するように」
「分かりました」
「今日は碧一人だから、どれだけ押しても構わないわ」
「それは、ありがたいです」
「無茶振りする監督だけど、クオリティの高いものを作るの。戸惑うと思うけど、求めに応じなさい」
「どんなことを指示するんですか?」
「この後、嫌というくらい分かる」
社長さんは、フッと鼻で笑う。やだ、怖い。
スタジオは思っていたよりも狭く、一面緑の壁と床のエリアがある。なるほど、後でクロマキー合成をするのか。
社長さんと一緒に、監督さんをはじめとするスタッフさんに挨拶する。まずは絵コンテを見ながら、撮影の流れを聞いて、監督さんの指示通りに動いた。
「碧くん、緋彩くんに笑い掛けて。よっしゃ、行こうって感じで」
カメラに映らない場所で、緋彩と同じ背丈のスタッフさんが代わりに立っていた。申し訳ないけど、似ても似つかない。スタッフさんも苦笑いしている。
「カメラを甘く見つめて。女の子をとろかすように」
これが無茶振りか。日常生活で甘く見つめたり見つめられたりしたことがないのに。
私はレンズ越しに微笑み掛ける。メロメロにしちゃうぞ、子羊ちゃん。監督さんは腕組みしながら、これじゃないという感じで首を捻る。
「悪くはないけど、キュートさが勝っている。二割程度、雄っぽさを滲ませて」
注文が多いな。どう動けば正解なの?
助けを求めるように、監督さんの後ろにいる社長さんを見る。頑張れと、手をグーにして応援された。ヒントを与えてくださいよ。
休憩を挟みながら、気が遠くなるくらいやり直しを命じられる。今日中に終われるだろうか。
無事に撮影が終わり、私はグッタリと椅子に座り込んだ。燃え尽きたぜ、真っ白にな状態である。
「お疲れ様」
「長く時間を掛けてすみませんでした」
ヨロヨロの状態で、社長さんに会釈した。社長さんがジュースの入った紙コップを私に差し出す。ありがたく受け取って、コクコクと飲んだ。
「途中までは迷走していたけど、最後は良い表情を見せていたよ」
「本当ですか、良かったあ。緋彩は、あんな無茶振りにも難なく応えているんですよね」
「そうだね。あの子は分析力と判断力に優れているから、監督が言わんとすることを理解出来るみたい」
さすがはプロ、惚れ直しちゃう。社長さんが私を見ているので、ギクッとした。よこしまなことを考えていると思ったのかな。
「私ね、あなたのことを厄介ファンだと思っていた」
事実なので、目を逸らしながら笑う。しかも、私が女の子というせいで、しなくていい面倒を掛けていた。
「でも、歌の練習やレコーディング、そして今日の撮影と、真剣に取り組んでいたね。手間の掛かる子だけど、頑張ってくれて助かる」
社長さんは母性溢れる笑みを浮かべる。リスクを承知で、こんな私を緋彩と組ませてくれた。裏切ってはいけないよね。
ファーストソング「僕だけのプリマベーラ」は、緋彩の人気もあって反響が大きい。CD売上やダウンロード数、動画再生数は好調だ。緋彩が出演する清涼飲料水のCMにも「僕だけのプリマベーラ」が使われて話題になる。
改めて動画を見て、不思議な気持ちになった。別々で撮ったのに、私と緋彩が一緒に歌っている。殺風景なスタジオが嘘みたいに、青空と満開の桜、花のじゅうたんとカラフルな世界に変わっていた。
私なりに監督さんの要求に応えたつもりだけど、緋彩と比べて、まがいものだと痛感する。私の微笑みには必死さがあるけど、緋彩のものは赤面するくらい甘ったるい。
何回も再生しては、緋彩のアップを見て、奇声を発する。緋彩の彼女になったようなフワフワ感に浸るも、くやしさも確かに同居していた。
「僕だけのプリマベーラ」発表後、私は正体がバレないか不安だった。今のところ、怪しまれてはいない。四月の新生活に慣れていない状態だから、皆の心に余裕がないせいもあるのだろう。
普段はセミロングのウィッグを被って、眼鏡も掛けている。プロモーションの碧はメイクで印象が違って見える上、キラキラエフェクトが掛かっていた。これならば、ちょっと似ているレベルで誤魔化せそう。
高校に入ってからは、教科で音楽を選択していない。ボイストレーニングのお陰で歌声の印象は変わっただろうから、プロモーションを見てバレる可能性は低いと思う。
本来、Julは二人一緒で歌以外の活動もする予定だった。でも、私のせいで緋彩一人がJulとしてのインタビューや撮影を引き受けている。
緋彩は歌も上手いと称賛されていた。中には碧が可愛い、声も良いという意見もある。碧を好意的に見てくれるのは、素直に嬉しかった。
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