六の色 撫でること

文字数 1,752文字

 猫が好きだ。
 一見人に()びているようで、どこまでも自由。高価(たか)い安いにこだわらず、自分の舌でうまいまずいを判断し、気持ち良いことを追い求める。何か気に食わないことがあると全力で怒る、すねる、噛む、引っかく。
 そういうフリーダムな猫が好きだ。
 やたらと人間の好きにこねくり回され、飼い主の決めた掟を破るとひどく叱られ、窮屈(きゅうくつ)に「人間の都合」という檻の中に入れられた猫は、見ていて何だか気の毒になる。
 なので、家の猫二匹は可愛い。
 もちろんペットショップのガラスケースとは、生まれながらに無縁である。「ルナ」という先住猫はメスの八歳、ばりばりの野良で子猫の時にカラスに襲われていたところを、小学生の女の子が救って家に連れてきた。
 その時点で両足に結構なケガをしており、獣医さんに何度も通った。一度病院からの帰りに自力でテーピングをはがし、小さい体で多量の血が出て、「こいつこのまま死ぬんじゃないか……」と車内で母と私は青くなった。
 しかししばらくはその場所がハゲていたものの、今年八歳、健在である。甘やかされて目ん玉はくりくり。小さい頃はいかにも弱々しい、ぽわぽわの灰色のしま(がら)だったが、だんだん色が濃くなっていき、今や背中あたりはほぼ真っ黒。
 なんでもこういう柄は一番原種に近いらしい。交雑(こうざつ)に交雑をくり返すと、こういう柄になるのだそうだ。結婚して実家から越していった弟は、ルナの柄をこう評した。
「姉ちゃん、こいつのこの柄はな、こいつの『由緒(ゆいしょ)正しい由緒の正しくなさ』を証明しているんだ」。実にうまい言い回しだと笑いながら感心した。このセリフはけだし名言として、今でもときどき話題にのぼる。
 経歴のワイルドさにかけては、「ため」という一歳のオス猫も負けていない。柄は白と茶色の二毛(にけ)柄、背中の柄に小さく白いワンポイントがついている。
 こいつはどうやら「子どもを育て慣れてない母(野良)猫」が置き去りにして、どっかへ行ってしまったらしい。お(となり)のお宅の庭で夜中一晩泣き続け、困り果ててお隣のご主人が「この子、どうしたら良いでしょう……」と母に相談に来たのである。
 その時点でへそには何と干からびたへその緒(四センチ超!)がついており、病院に連れて行ったら「生後二~三日です。生き延びる確率は五分五分(ごぶごぶ)です」と告げられた。
 そしてお隣の奥さんは猫嫌い、その時たまたまお宅にいらしたご主人は普段は単身赴任。
 そりゃもう家で面倒見るしかないだろう、という訳でためはウチの子になった。しかし「普通こういう子はミルク飲ませるのも一苦労なんですけどね~、この子めっちゃ飲みますね~」と言われたくらいためは生きる意欲があった。
 で、現在前述のとおり一歳を越し、日々先住猫のルナちゃんと追っかけっこに興じている。
 こいつらを撫でるのが好きだ。
 ためは毎晩二階に行き、妹と同じ部屋で寝ているが、ルナは一階で私と寝る。もちろん寒い時には同じ布団で寝てくれる。
 しかし彼女、なかなかにムズカシイ。私が毎晩寝る前に「ん~ルナちゃ~ん、可愛いですね~。ルナちゃん、今夜も私と一緒に寝てくれるかな~? 良いとも~!」とかバカ丸出しの猫可愛がりをしていたらクセになってしまったらしく、これをやらないと怒って布団に入ってくれない。
 なんせこちとら「うつ」なので、どうでも良いことでけっこう落ち込む。しかし前述の「バカ丸出しの猫可愛がり」も割りとエネルギー使うので、テンションがある程度高くないと到底出来ない。
 しかしルナは承知しない。テンション下がった状態で暗いめの可愛がりをして布団に入ると、彼女はキレる。暗がりをひとしきり駆けずり回り、「(ねえ)やん、今日は何だかおざなりでしたね」と布団の横で黙ってたたずむ。目はこちらをニラんでいる。
 そこでその所業に少しなごんだ私が、改めて「ん~ルナちゃん、可愛いですね~」といつもの儀式(?)を行うと、満足げに「うむ。ならばヨシ。」みたいな顔して布団に入ってくるのである。
 ルナ、ため。お前らは知らないだろう。
 そうやってこちらを好きでいてくれて、気に食わないと容赦なく噛んでこちらの手を血まみれにする自由さに、私がどれほど癒されているか。
 だから長生きしておくれ。私も君らが生きるなら、何とか一緒に生きていこう。
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