決闘

文字数 1,639文字

 書簡を丸めて足で踏みつけると、蒼月はきのう宴会のあった広場へと向かった。
 そこではすでに、見物を目的とした鬼たちが、中央にたつ牙常のまわりに集まっている。
 牙常の手には得物(えもの)薙刀(なぎなた)が握られていた。
 それを片手に持って地面についた姿勢で、蒼月がくるのを待っていた。
 蒼月は、無言で広場へ足を踏み入れた。
 鬼たちは固唾を呑んで、その行動を見守った。

「遅かったですね、蒼月さま。いや、しかし、子供の朝は遅いものか」

 ははは、と牙常が笑うと、それに追従して何人かの鬼が乾いた笑いをあげた。

「子供だと……?」
「そうだろう、蒼月」

 今度ははっきりと見下した口調で牙常は蒼月をみる。

「……いい度胸だな。力だけの木偶(でく)の坊が」
 
 蒼月の身体の周りに冷気が漂った。牙常を金色の瞳で半眼に睨みつける。

「女物の着物を着た子供に言われたくないな。聞けば、その竜胆の着物はきさまの母のものだそうではないか。まだ母が恋しいか。やはり子供」
「だまれ。強いものが上にたつ、それに何の不都合がある。お前はその子供に力でも知力でも敵わぬのだ」

 蒼月の周りに氷の刃が形成された。
 それが牙常めがけて鋭く飛んで行く。
 牙常は、やすやすと薙刀でそれを叩き落とした。

「こんなもので儂は倒せぬ」

 牙常がにやりと笑う。

 しかし――

 砕けた破片が牙常の首を狙って後ろから突き刺さっていた。
 鋭い小さな破片は、牙常の分厚い皮をつらぬき、太い血管を傷つける。
 
 パっと地面に鮮血が散った。

「早く決着がつきすぎるのは面白くないから、傷は浅くした」
「こ、こんな傷、なんともない!」

 手で首元を押さえて、あふれ出る血を見ても牙常は強がる。

「やっぱり頭が悪い。首にある太い血管は、切れると普通死ぬ。傷は浅いが致命傷だぞ。さあ、死ぬまでここで戦っているか、手当てをして生きるか、どうする?」

 蒼月はにやりと口元だけで笑んで、眼光するどく牙常を睨んだ。
 牙常は自棄になったのか、薙刀を振り回して蒼月に向かって行く。

「くっ。はああーー!!」

 周りの鬼たちは、しんと静まり返って蒼月と牙常を見守った。

「捨て身の攻撃というわけか。やはり頭が悪い。構えだって隙だらけじゃないか」
 
 蒼月は腰に差してある刀に手をかけた。
 待って、待って、十分に牙常を引きつけたところで、薙刀の攻撃をかわし、抜きざまに下から肩にかけて切り付ける。
 牙常の紺の着物の前面が、黒々と彼自身の血で濡れていく。
 顔をしかめると、うめき声をあげながら膝をつき倒れた。

「手当をしてやれ」

 蒼月は刀をふって血をとばし、鞘に戻しながら回りで見ていた鬼に言う。
 その言葉に牙常はいたく自尊心を傷つけられた。

「同情というわけか!」
「いや。お前は大きな罪を犯している。鬼社会の秩序を乱したこと、俺の弟である紅陽に手をだしたこと。そしてサヤを巻き込んだこと。同情の余地など無い」

 鬼の中からヒッと悲鳴があがった。
 それは、紅陽を連れたサヤがあげた悲鳴だった。
 蒼月の元から怪しまれずに紅陽を連れ出せるのは、守役のサヤしかいないのだ。

 サヤは震えて紅陽を蒼月の前にだし、土下座した。

「も、申し訳ありません……! 牙常が……、牙常に脅されて……! やらなければお前を殺すと言われ……!」

「牙常の息があるうちに、ヤツを公開処刑する。サヤ、それまでここにいたら、お前も共犯者として処刑する。どこへなりと消えろ」

「……!」

 サヤはそれを聞くと無言で広場から走って逃げた。

 蒼月は牙常の方へ向くと、目を細める。

「聞いただろう。お前を公開処刑する。手当をするのは、それまで生きていて貰わないと困るからだ」
「鬼たちはここに集まっている。今すぐに殺せばいい」
「なに、このままでは手ぬるいからな」

 蒼月の薄青色の竜胆の着物には、牙常の返り血が点々と散っていた。
 その白い顔にも。
 鬼たちは、そんな蒼月の金色に光った角と瞳を見て、ぶるっと震えた。
 その鋭い角も瞳も牙も。
 酷薄で残酷に(きらめ)いて。
 そして、とても美しかった。

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