強くつよく

文字数 1,863文字

 十字の板に負傷した牙常は貼りつけられた。
 下に乾燥した草木が集められ、そこに鬼たちみなが集められる。
 すでに虫の息の牙常を改めて処刑する意味があるのか、と鬼たちは思う。
 貼りつけられた牙常を満足気に見て、蒼月は大きく声をあげた。

「これは人間達が罪人を処刑する方法の一つ、火あぶりの刑だ」

 聞いてすぐに刑の内容を察知した鬼たちは、蒼月の残酷さに顔を蒼ざめ、息を詰めた。
 蒼月は片手に酒の入った杯を持ち、皆にみえるように指をパチンと鳴らす。
 すると、妖力で下にあった枯れた草木がぼうっと燃え出した。

「うわああーー!!」

 あまりの熱さに牙常の悲痛な声が龍虎山に響き渡った。

「蒼月ーー!! きさま! 呪ってやる!」
「負け犬の遠吠えとはこの事か。死ぬまでわめくがいい」

 生きたまま焼かれる牙常の最期の言葉を聞きながら、蒼月は酒をのんだ。
 ぱちぱちと草木と共に牙常が燃える。
 正視に耐えない残酷さ。
 それを蒼月は鬼のみなに見せつけた。

 蒼月に逆らうと、紅陽に手を出すと、こうなると。
 
 牙常が黒くなり、燃えるものがなくなったところで、蒼月はやっと彼を板から外した。
 またパチンと指を鳴らすと今度は竜巻が生まれる。
 板や燃えカスもろとも牙常の遺体を巻き上げて、遥か遠くへと飛ばしてしまう。
 蒼月はすべてが終わると鬼たちを見回して(さと)した。

「鬼社会にも秩序が必要だ。分かるな。()(わきま)えよ」

 牙常は、鬼の中でも(ひい)でていて、蒼月の下で指導者として皆を良く纏めていた。
 妖力も強く、力も強かった。
 そんな牙常だったから、首領に成り代わりたいと思ったのだろう。
 ひ弱そうな、子供の、女物の着物を肩にかけた蒼月など、自分にかかれば赤子どうぜん。
 そんな思いで、戦いを挑んだ。

 しかし、牙常はいとも簡単に蒼月に敗れた。
 鬼たちは蒼月の残酷さ、恐ろしさ、鬼の中でもひときわ強かった牙常を簡単に葬った強さに敬服して、みな深々と頭を下げたのだった。



 牙常の処刑が終わって、蒼月は紅葉の手を取り自室へと下がる。
 蒼月はまた、このまえ庭で調合した薬湯を用意した。

「兄者、いつも何を飲んでいるのですか?」
「酒の一種だ」

 まだ子供の紅陽には分かるまいと、嘘をついて薬湯を(せん)じる。

 初めて取り仕切った処刑に、疲れ切って身体が動かない。
 薬湯ができる前に、水をあおる様に飲んだ。

 薬湯の用意が出来ると、今度はそれを少しずつ飲み干し、飲み終わると揺り椅子に深く腰かけた。
 すでに傾いた陽ざしが、また蒼月の青い着物を赤紫色に染める。

「疲れた……」

 人間の『教え』の本では、人間は悪事をはたらいて死ぬと、地獄へ行くという。
 蒼月たち鬼の一族は、人間の『教え』に照らしてみると、悪いことばかりしている。

「俺も地獄に堕とされるか?」

 眼をつむって独り言をつぶやいた。
 以前、人間の描いた地獄絵図をみたことがあるが、彼の眼から見ても気持ちのいい絵ではなかった。
 地獄へ行くのは嫌だな、などとぼんやり考えているうちに、薬が効いてきたのか身体が暖かくなり、瞼が重くなってきた。

「兄者」
「なんだ」

 うとうとしながらも、蒼月は弟の声を聞く。
 紅葉は、卓に置かれている碗の方を見た。
 底の方に少し残っている、蒼月がいつも飲んでいるモノから立ち上る匂い。
 紅陽にも、薄々と分かっている。これは薬の匂いだと。

「おれはすぐに大きくなって、兄者を守れるくらい強くなります」
「そうか……。それは楽しみだな」
「だから、もう少し待っていてください」

 そして、小さな腕を蒼月の首にまわして抱きしめると、耳元でそう約束した。
 紅陽の温かい体温と、健康的な若草のようなにおいを蒼月は感じた。



 強く。
 鬼たちを支配することが紅陽を守ることにつながる。
 強く。
 そうでなければ、今の生活を守れない。
 強く、強く。
 蒼月は呪文のように頭で繰り返した。

 いつまで紅陽を守ってやれるか分からない。
 でも、自分の身体がボロボロになる前に、紅陽は強い大人の鬼になるだろう。
 紅陽も自分と同じ、龍虎王の血をひいているのだから。

 そう蒼月は思いながら、呟いた。
 
「お前はどんな鬼に成長するのだろうか。楽しみだな……。……少し寝る。俺の(そば)から離れるなよ……」

 紅陽の身の安全を心配しつつ、蒼月は眠り込む。
 紅陽は抱きしめていた蒼月から身体を離すと、かたわらで兄の手を握り、蒼白い丹精な寝顔を凝視した。
 
「すぐに大きくなりますから……。そうしたら、おれが兄者を守ります」



 蒼月は夢をみた。
 大人になった紅陽が、自分の片腕となる夢を。


 終

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