第5話 完結
文字数 1,434文字
ホールに戻った松崎と富田は待ち構えているウェイターに「どうも」と会釈をし、一組しかないテーブル席に促された。
「やっと食べられるのか。今なら腹が空き過ぎてコウモリの糞 でもイケそうだ」
「おいおい、ディナーの前に下品な事を言うな。とはいっても俺も同意見だがな」
談笑を済ませた頃、ようやく食事が運ばれてきた。それは有機野菜のスープから始まり、トリュフやフォアグラと言った高級食材がふんだんに使用されたフランス料理のフルコースだった。食べきれないほどの皿が次々と運ばれてきては、二人の空腹を満たしていく。
富田は美味い美味いと絶賛の声を上げたが、松崎は一言も喋ることなく夢中で食らいつく。マンゴーのシャーベットがデザートとして振舞われると、満足げな二人は感想を述べるためにシェフを呼んでくるようにウェイターに申し付ける。
「お気に召したでしょうか?」
シェフの言葉に最高でしたと感謝の弁を述べると、顔をほころばせた彼は自慢げに謳う。
「空腹は最高の調味料といいます。しかしそれはあくまでも調味料でございますから、最高の料理があってこそです。わたくし自身が選び抜いた最高の材料と、最高の舌と経験。そして何より、自分をはじめとした最高のスタッフが、今夜の最高の料理を完成させたわけでございます。最高の冒険の跡の最高のスタッフによる最高のおもてなし。これを最高と言わずして何を最高と申せましょうか!」
何回最高と言うんだこの男は。そんなに連呼しては最高という表現が安っぽく感じてしまうではないか。
「また利用させてもらうよ。次の予約をしてもいいかい?」富田はスケジュールを確認すると、「次は三か月先になりますが」とウェイターはうやうやしく言った。
会計を済ませた二人はレストランの表に出た。そこは最初に訪れた場所とはまるで違う、田舎のビルの一階であった。目の前にはハイヤーが止まっており、乗り込んだ二人はディナーについて振り返った。
「お前を信じて良かった。シェフの言う通り、最高のディナーだったよ」
「だろう? これでストレスは一気に解消した。また明日から頑張れるな」
「ああ、別の意味でな」
「別の意味?」
そこで松崎は顔を歪めて小声で話し始めた。
「茶番としては悪くないが、あれはインスタントと冷凍食品に間違いない。あんな冒険まがいな事をさせて、俺たちの感覚をはぐらかそうとしたんだ。お前の舌は誤魔化せても俺の舌は誤魔化せない。料金の二十万円はアスレチック代と思えばいい」
「……マジか」
「マジだ。悪いことは言わん。さっきの予約は取り消せ」
間髪入れずに慌てふためきながら、富田は携帯を取り出したのであった……。
半年後。うわさを聞きつけた誰かの書いたブログをきっかけに、良くない評判が立ったシークレット・ベースは閉店を余儀なくされた。
それから三か月もしないうちに、同じ場所へ新しい看板が掲げられた。
『あなたの隠れ家レストラン“マツザキ”』
以前の会社を退職してオーナーとなった松崎は、雇い直した以前と同じスタッフを前にあいさつを行う。
「……君たちは悪くない。あれは根も葉もないフェイクニュースで風評被害が広まっただけだ。私の新しい体制の下、今まで通り自信をもって取り組みたまえ。それからシェフの君、あまり最高、最高と連連呼しないように頼むぞ」
スタッフの歓声が上がる中、松崎のスマホに富田から一通のメールが着信した。
『フェイクニュースを流したのはお前だろう。上手いことやりやがったな』
「やっと食べられるのか。今なら腹が空き過ぎてコウモリの
「おいおい、ディナーの前に下品な事を言うな。とはいっても俺も同意見だがな」
談笑を済ませた頃、ようやく食事が運ばれてきた。それは有機野菜のスープから始まり、トリュフやフォアグラと言った高級食材がふんだんに使用されたフランス料理のフルコースだった。食べきれないほどの皿が次々と運ばれてきては、二人の空腹を満たしていく。
富田は美味い美味いと絶賛の声を上げたが、松崎は一言も喋ることなく夢中で食らいつく。マンゴーのシャーベットがデザートとして振舞われると、満足げな二人は感想を述べるためにシェフを呼んでくるようにウェイターに申し付ける。
「お気に召したでしょうか?」
シェフの言葉に最高でしたと感謝の弁を述べると、顔をほころばせた彼は自慢げに謳う。
「空腹は最高の調味料といいます。しかしそれはあくまでも調味料でございますから、最高の料理があってこそです。わたくし自身が選び抜いた最高の材料と、最高の舌と経験。そして何より、自分をはじめとした最高のスタッフが、今夜の最高の料理を完成させたわけでございます。最高の冒険の跡の最高のスタッフによる最高のおもてなし。これを最高と言わずして何を最高と申せましょうか!」
何回最高と言うんだこの男は。そんなに連呼しては最高という表現が安っぽく感じてしまうではないか。
「また利用させてもらうよ。次の予約をしてもいいかい?」富田はスケジュールを確認すると、「次は三か月先になりますが」とウェイターはうやうやしく言った。
会計を済ませた二人はレストランの表に出た。そこは最初に訪れた場所とはまるで違う、田舎のビルの一階であった。目の前にはハイヤーが止まっており、乗り込んだ二人はディナーについて振り返った。
「お前を信じて良かった。シェフの言う通り、最高のディナーだったよ」
「だろう? これでストレスは一気に解消した。また明日から頑張れるな」
「ああ、別の意味でな」
「別の意味?」
そこで松崎は顔を歪めて小声で話し始めた。
「茶番としては悪くないが、あれはインスタントと冷凍食品に間違いない。あんな冒険まがいな事をさせて、俺たちの感覚をはぐらかそうとしたんだ。お前の舌は誤魔化せても俺の舌は誤魔化せない。料金の二十万円はアスレチック代と思えばいい」
「……マジか」
「マジだ。悪いことは言わん。さっきの予約は取り消せ」
間髪入れずに慌てふためきながら、富田は携帯を取り出したのであった……。
半年後。うわさを聞きつけた誰かの書いたブログをきっかけに、良くない評判が立ったシークレット・ベースは閉店を余儀なくされた。
それから三か月もしないうちに、同じ場所へ新しい看板が掲げられた。
『あなたの隠れ家レストラン“マツザキ”』
以前の会社を退職してオーナーとなった松崎は、雇い直した以前と同じスタッフを前にあいさつを行う。
「……君たちは悪くない。あれは根も葉もないフェイクニュースで風評被害が広まっただけだ。私の新しい体制の下、今まで通り自信をもって取り組みたまえ。それからシェフの君、あまり最高、最高と連連呼しないように頼むぞ」
スタッフの歓声が上がる中、松崎のスマホに富田から一通のメールが着信した。
『フェイクニュースを流したのはお前だろう。上手いことやりやがったな』