第2話

文字数 2,505文字

「ここがそのレストランだ」富田はまるで自分が経営者であるかのような口ぶりで言う。
 そこは商店街にある薬局のような小さな佇まいであるが、コンビニを思わせる派手な看板にデカデカと『隠れ家レストラン シークレット・ベース』とある。ネオン管が張り巡らされた電飾看板で、まるで一昔前のパチンコ店を想起させた。
「これのどこが隠れ家なんだ? 全然隠れて無いじゃないか」興奮気味に松崎は踵を返す。
「まあまあ落ち着いて、中に入れば判るさ。せっかくここまで来たんだ。騙されたと思って一緒に入ろうぜ」
 渋々と言った態度で自動ドアをくぐる。派手な外観とは打って変わり、その中は至ってシンプル。四畳半程の広さにテンキーの付いた扉が一つあるだけであった。一見、自動扉に見えるが、前に立っても反応しないところを見ると、テンキーを操作せねばならないとみえる。
「この奥がレストランなのか?」訝し気な目を送る松崎は不安の中にいた。
 すると富田は扉にあるテンキーに暗証番号を入力すると、その上にあるインターフォンからくぐもった男の声が聞こえてきた。
 『いらっしゃいませ。どちら様でしょうか?』
「予約した富田だが」
 『お待ちしておりました。富田様ですね。どうぞお入りください』
 音もなく扉が開くと、バニーガール姿の女性が出迎えていた。奥にはラウンジがあり、松崎たち以外の客らしき姿は見当たらない。
「富田様、ようこそいらっしゃいました。本日はスペシャルコースでよろしかったでしょうか」
 スペシャルコース? この店はメニューが無いのか。しかも入って早々注文とは。
「よろしく頼むよ」
 そしてバニーガールに導かれるままテーブル席に着く。やがてシャンパンが運ばれ、二人は軽く乾杯をする。
「どんな料理が出てくるか楽しみだ。しかし隠れ家と言う割には意外と普通だな。まさかセキュリティーがしっかりしている事だけがここの売りか?」
 松崎は納得のいかない表情を富田に向けると違和感を憶えずにはいられない。レストランにしては狭すぎるし、外寸から見ても厨房のスペースがあるとは思えなかった。
「まさか? そんな訳ないだろう。これからが本番だ」
 そこで今度はタキシード姿のウェイターらしき男が現れた。彼は細い眼鏡でビジネススマイルを決めている、ように見える。
「お待たせしました。準備が整いましたのでVIPルームへとお越しください」
 そう言ってウェイターは片手を奥に向けながら、一つしかないドアを促している。松崎は疑問を持った。ここで食事をするんじゃないのか。
「さあ、行こうじゃないか。と、その前にトイレを済ませておこうぜ」
 富田はそそくさと席を立ちウェイターの示した扉とは反対方向に向かう。タクシーに乗る前にトイレを済ませていた松崎は、そのままの席で彼の帰りを待つことにする。
 やがて戻って来た富田は「お前も済ませておいた方がいいぜ」と口を歪ませるが、松崎は「必要ない」と席を立つ。
 ウェイターの示した扉の前に立ち、富田はまたも暗証番号を入力する。彼曰く「さっきとは違うナンバーだ。面倒くさいがしかたない」
 その後、今度は指紋認証を行い、ようやく扉の鍵が外れる音がした。
「まるで銀行並みのセキュリティーだな。中はトップシークレットなのか?」
 半笑いの松崎は富田に続いて中に足を踏み入れた。
 個室のテーブル席があるのかと思いきや、ただの狭い部屋である。土足禁止らしく靴置き場があり、中央には小さな台と壁際にはロッカーが置かれ、奥にはまた扉が見えた。今度の扉にはテンキーは無く、別の機械が付いている。ロッカーと反対側の壁にはスニーカーが並んだ棚があった。
 革靴を脱いだ富田はいきなり服を脱ぎだした。
「お前も早く着替えろよ。ここからが面白いところだからさ」
「おいおい、まさか今から風呂にでも入る気か? まるで宮沢賢治の『注文の多い料理店』だな。まさか俺たちが料理になるなんてオチじゃないよな?」
「ああ、俺も最初はそう思った。自分を連れてきた知り合いを置いて帰ろうかとしたんだぜ」
 どうやら自分が料理されるわけではなさそうだ。しかしレストランとしては謎が多い。どうしてこんなに厳重なのか? 何故着替える必要があるのか? そもそも建物の大きさからいって席はおろか、厨房すらあるとは思えない。まさか富田が裏切って、自分を誘拐しようと企んでいるのではないだろうか?
 こうなったらやぶれかぶれだ。拉致する気ならそうしやがれ!
 腹を決めた松崎は富田に続くように服を脱いだ。富田がロッカーを開けると、そこには上下のつなぎが入っており、彼は慣れた手順でそれに着替える。それからシューズを選ぶと、足に履いて紐をしっかりと結んだ。
 松崎もようやく着替え終わると、靴紐を結んでいる間に富田が扉の前に立つ。それから財布からカードを取り出すと、設置してある機械へと通す。ピピピと音が鳴り、今度はまた指紋センサー。それが終わると今度は機械の上にあるレンズに瞳を当てるとようやくロックが解除された模様である。
「ここは国家レベルの研究所か? まるで映画か小説の世界だな」皮肉を込めたつもりであったが、案外そうなのかもしれない。扉の先にはまた別の扉があり、どうやらエレベーターのようであった。
「確かにここは本当の意味でシークレット・ベース(秘密基地)だと言えるのかもしれないな」にこやかに笑う富田が悪魔のように見えるのは気のせいだろうか。
 富田は財布などの貴重品を金庫に入れ、松崎もそれに習って財布と時計を丁寧にしまった。
 不安を抱えたままの松崎はエレベーターの前に立ち尽くすと、富田が下向きのコールボタンを押す。今度はパスワードなどのセキュリティー無しでドアが開き、中へと一歩を踏み出した。
 二つしかない階層ボタンのBを押すと、一瞬ガタンと揺れたものの、あとはスムーズに下降していく。
「本当にここはレストランなのか? 着替えまでさせるなんて、今から牛でも捕まえに行く気なのか?」
「ははは、それも良い考えだ。今度オーナーに提案してみよう」
 しかしエレベーターはなかなか止まらない。一体どこまで降りるつもりなのだろうか。
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