第4話 チーム・イエス、発足す(前編)

文字数 2,587文字

 お街で優雅にブレックファーストを頂いたあと、俺はヨハネ先生のもとを訪ねた。本腰入れて活動していくにあたって、巡業についてのいろはをご教授願おうと思ったからだ。
 洞穴を貸していただくための口利きをしてもらった礼を述べ、この四十日の間にどんなことをしていたかなどの報告をしていると、弟子らしき女の子が飲み物を運んできた。彼女は俺を見るなり「あっ」と大声を上げ、全身で驚きを表現した。


「この前の、ハレルヤおじさんだ!」

「これ、アンデレ。お茶がもったいないだろう。もう少し熱かったら、私はやけどをしていたよ。あと、救世主様に向かっておじさんとは失礼だろう」

「先生、この人、あのハレルヤおじさんだよな!?」

「だから、アンデレ、おじさんと言うのは止めなさい。あと、何か布巾を――」

「わああ、ハレルヤおじさん! 久しぶりだなあ! オレのこと、覚えてる? あの日、オレもあの場にいたんだよー! ほら、あの、先生から楽器を受け取ったの! あれがオレだよー!」


 アンデレと呼ばれたショートカットの似合うオレっ娘は、先生にホットなお茶で〈洗礼〉してしまったことを気にする様子もなく、満面の笑みで俺の手を引っ掴んで激しく上下に振った。そして「何か、布巾を……」と呟きながら途方に暮れる先生を無視して、「姉ちゃん呼んでくる!」と言いながら先生のもとを飛び出していった。


「なんていうか、いろんな意味で激しい子ですね……」

「まるで落雷のようだろう? 彼女は私が指導するアイドルの卵の一人で、姉のシモンと姉妹ユニットを組んでいてね。ベドサイダーズっていうんだが――」

「奇跡のアイドルおじさんがいらっしゃってるって、本当ですか!?」


 やっとこさ布巾を手にした先生が姉妹の説明を始めるや否や、その言葉を遮るようにバアンと扉が開いてグラマラスな女性が現れた。先生は再び戸惑いの表情を浮かべて何やら言葉を発したが、それは無情にも姉妹のかしましい声に掻き消された。


「救世主さん、初めまして! シモンと申しますー! 救世主さん、お名前は何とおっしゃるの?」

「えっと、ヨシュアです……」

「ヨシュアさんね! ――あ、同じくアイドルを目指す者同士なんですし、もう少しフレンドリーにヨシュア君って呼んでもいいかしら?」

「あ、はい。お好きなように――」

「な? 姉ちゃん、オレの言った通りだろ? おっさんって言う割に、結構イケメンじゃね? 強力なライバル、登場だよ! やばいよー!」

「でも、ほら、客層が違うはずだから棲み分け出来るんじゃない?」

「いや、無理だねー! あの奇跡は本当にすごかったもん! あれは万人総受け間違いなしだよ!」

「そんなにすごかったのなら、私も見たかったわー! あの日、お手伝いに参加できなくて本当に残念! ――あ、ヨシュア君、お宿決めました? まだならうちにいらっしゃいな。ね、そうしましょう。じゃあ、そうと決まれば早速ご案内しますね!」

「え!? あの、えっと――」


 うちの妹たちもかなりかしましいほうなのだが、彼女たちと比べたらまだマシだと俺は感じた。妹たちの会話にはついていけるし入っていけるのだが、彼女たちのそれにはそんな余裕すらないのだ。矢継ぎ早に進められ、有無を言わせず結論を出され、そして荒波に攫われるかのごとく俺は先生のもとを連れ出された。先生が諦め顔で「また明日いらっしゃい」と手を振るのを眺めながら、俺は姉妹の家へと強制連行された。



   **********



 ベドサイダーズの姉・シモンに手を強引に引かれ、俺は姉妹の住む家へと連れてこられた。シモンが笑顔で「さあさあ、お上がりくださいなー」と歌うように言う後ろで、妹・アンデレが頭の後ろで手を組むと豪快に笑った。


「ごめんなー! 姉ちゃん、思いつきですぐ行動しちゃうタイプでさあ! でも、オレもヨシュアっちが泊まってくれたら嬉しいからさ! 同じ〈アイドルを目指す者〉として、寝落ちするまで熱く語り合おうぜ!」


 彼女はそのまま、落雷のごとく激しく質問を投げつけてきた。とめどなく繰り出されるそれに答える暇なく頬を引きつらせていた俺は、彼女の背後のさらに後ろのほうから殺気の篭ったどぎつい視線がビームのごとく飛んで来ることに気がついた。
 気になってアンデレから部屋の奥へと視線をそろそろと動かすと、彼女は一瞬ぽかんとした表情を浮かべて押し黙り、そして不思議そうに後ろを振り返った。すると、彼女は「ああ!」と叫んで部屋の奥へと飛ぶように走っていった。


「もー! 義兄(にい)ちゃん、駄目じゃんかー! そんなお客さんを睨んだらさあ!」

「へ? お兄さん?」

「そうそう! 姉ちゃんの旦那さんだよー!」

「はいぃ!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。俺は彼女いない歴イコール年齢とはいえ、前世ではそれなりにお付き合いがあったので女性慣れしていないということはない。また今世では妹が数名おり、その妹たちがお兄ちゃんっ子のため結構ベタベタとくっついてくるものだから、不意に抱きつかれるなどしても自制出来る自信がある。しかしながら、やはり女性だけのお宅にお邪魔するのはいろいろな意味でナシだろうと思っていたのだが、まさか旦那様がいらっしゃるとは……。それはそれで余計に居づらいじゃあないか!
 アンデレは俺とお義兄(にい)さんの胸中を察することなく、お義兄さんを窘めることに夢中になっていた。その間俺は脂汗と冷や汗を大量に掻き、お義兄さんは「お前もうちの嫁に手を出さんと企んでいるクズ野郎か。殺すぞ」くらいの勢いの呪詛の篭ってそうな視線で俺を射抜いてきた。そこに、エプロン姿のシモンがお茶を運んでやって来た。


「いやだ、ダーリン。あなたももうヨシュア君の虜になっちゃったの? 推しは後にも先にも私だけって言ってたじゃないの、もー!」


 頬を膨らませてぷりぷりと可愛らしく怒る若妻にデレッとした笑みを返した旦那さんを見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。しかしそれもつかの間、彼はまた「何、ホッとしとんじゃい、ワレェ」と言うかのようにすごんできた。――俺の胸と胃と、そして左脇腹はキリキリと痛んだのだった。
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