第1話 新星、またたく(前編)

文字数 2,274文字

「兄さん、そろそろ昼飯ができあがるってさ」

「おう、今行く」


 俺は弟にそう答えると、机の上に散らばった書類を適当にひとまとめにして作業場をあとにした。食堂に顔を出すとたくさんの社員たちがすでに席についており、俺の可愛い妹たちや母親が彼らにあくせくと給仕をしていた。
 俺がテーブルにつくと、妹の一人が食事を運んできた。彼女は自分の席へと戻る前に食堂の隅に足を運ぶと、顔の大きさほどある水晶球をぺしぺしと叩いた。すると、壁一面に華々しい衣装をまとって歌い踊る女の子たちの映像が映し出された。


「さ、頂きましょうか。今日もこのようにみんなで食事をいただけるということを、神に感謝しましょう」


 全員が着席すると母はにこやかな笑顔でそう言い、俺をちらりと一瞥した。俺は小さく頷いて立ち上がると、頂きますの号令をかけた。
 食事の最中、俺の隣に座っていた妹は水晶が映し出した映像に夢中だった。国のお抱え魔術師たちがその力を総動員して放送している国営放送で、特に人気なのはアイドルたちのパフォーマンスショーだ。アイドルたちのほとんどはDAIOHプロダクション所属で、今は亡きヘロデP(プロデューサー)の厳しいお眼鏡にかなった精鋭なんだが……。


「ヨシュア(にい)、フォーク止まってるよ」


 妹に釣られて映像をぼんやりと見つめていると、食い入るように映像に見入っていたはずの妹に窘められた。社員のひとりにも「社長もアイドルにぞっこんですか?」なんてイジられる始末で、決まりが悪い。――いや、うん。あのね? たしかにぼんやり見ていたけれど、見入っていたわけじゃあないんだよ。ぞっこんなんてとんでもない。その逆で、俺はこのアイドルたちにモヤモヤとしたものを抱えているんだよ。なんていうか、そう、「これじゃねえ!」っていうか。何故なら、彼ら彼女らがいくら〈愛〉を唱えても、世界は暗く病んでいる気がするのだ。だからさ、これじゃねえんだよ、これじゃあ……。……そのように言い返してやろうかと思っていたら、妹が俺よりも先に口を開いた。


「このアイドルさんたち、とても綺麗だものね。お(にい)も、こういう素敵な奥さんを早くゲットしなさいよ。もうすぐ三十二歳の誕生日だってのに、いまだに独身どころか彼女すらいたことないだなんて。うちの造船会社の跡取り問題は、一体いつになったら解消されるんでしょうねえ」

「お前が優秀な婿を迎えるという手もあるんだよ?」


 俺がニコリと微笑んで言い返すと、妹はぶすっとむくれてフォークを荒々しく野菜に突き立てた。



   **********



 俺ことヨシュアは、造船会社の二代目社長である。若くして逝った父に代わって、兄弟たちと協力して会社を切り盛りしてきた。この世界は中世西洋ほどの文化レベルしか有しておらず、この〈会社〉も父の代は職人たちの集まりレベルで到底会社とは言えないものだったのだが、俺の前世の営業職で培った知識と経験をフル動員して組織化し、ここまで大きくすることができた。――そう、俺はいわゆる異世界転生者だった。

 あの日、俺は外回りをしていた。取引先へと向かうべく工事現場のすぐそばを歩いていたら、周りから悲鳴や「危ない」という叫び声があがった。次の瞬間、俺は左脇腹をパイプか何かに貫かれていた。
 あまりの痛みに意識を失ったのだが、次に気がついたとき、俺は真っ暗な空間のただ中に浮いていた。まだ体中が重だるく、目も開けない。しかし、浮いているということと暗いということは何故か理解できた。
 俺は「暗くて嫌だなあ」とぼんやりと思った。すると、「光あれ」という男の声が空間に響き渡った。光は、とても暖かくて愛に満ちあふれていた。まるで祝福でもされているかのような、幸福感あふれるその光に包まれて安堵していると、男が話しかけてきた。


「愛しい子よ。神の子として世界を救うのです」


 目も開けなかったので、男の姿は確認できなかった。しかしながら、とても大きくて、そして空間に満ちていた光と同じように愛であふれていたように思う。こんな満身創痍の俺なんかよりも、彼のほうが〈世界を救う〉という大役にすっと適任なのではと思った。だから「俺が、世界を?」と尋ねたのだが、彼は「イエス」と返してきた。


「そのために必要なスキルはすでに、あなたに授けました。世界を救うのです……」

「スキルって? 世界を救うって、どうやって――」


 ここで俺の前世の記憶は途切れている。気がつけば俺は船大工の息子としてこの世界に生を受け、船大工としてこの三十数年を過ごしていた。もちろん、その間にスキルらしいものを閃いたりなんかしてはいない。あとニ年とちょっとで前世の行年と並んでしまうというのに、だ。それだけ生きていて何の天啓すらなければ、イベント発生すらないというのは何事か。それどころか、彼女いない歴イコール年齢という大惨事。〈平凡なサラリーマンから救世主(メシア)へとグレードアップ〉のはずが、前世ではお付き合い経験くらいは一応あったので、すさまじいまでのグレードダウン感が否めない。
 俺は溜め息をつくと、水晶が映し出している映像を再び眺めた。やはり、〈本来なら心に響くのだろうが、どこかしら納得のいかない内容が織り込まれた歌詞〉をきらびやかな演奏に乗せて高らかに歌い上げるアイドルたちのことを快くは思えなかった。


「やっぱり、これじゃない(・・・・・・)んだよなあ……」
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