第3話 893(アクマ)来たりて無茶を言う(前編)

文字数 1,971文字

 ヨハネPに背中を押されての初デビューに胸を熱くしてからしばらくの間、俺はひたすら自分のパフォーマンスを磨くことに集中していた。ライブに飛び入りさせてもらって、観衆からも暖かく迎えてもらって、俺は心の底から感謝した。それと同時に、俺はある欲望に駆られた。――もっと、たくさんの人を笑顔にしたい。もっと、たくさんの人に喜びを与えたい。もっとこの〈愛〉を、どこまでも届けたい。もっと、もっと……。
 そのためには、もっと真摯に自分の作品と向き合わなければならないと痛切に感じた。俺が夜な夜なしたためていたあの歌詞は、かなり自分よがりな部分がある。これでは人々の心には響かない。俺の歌を聞けと声高に叫べば誰かしらが耳を傾けてくれるかもしれないが、それでは本当に届けたい想いは伝えられないのだ。

 〈作る〉ということにこだわって篭っていた理由はそれだけではない。実はあのあと、俺が起こした〈奇跡〉について、瞬く間に噂として広がったのだ。
 こちらの世界の魔法というのは、超能力的なものと精霊などの〈目に見えざる者〉に力を借りて発生させるものの二種類がある。たとえば国お抱えの高名な魔術師たちが総力を上げて取り組んでいる水晶を介したテレビ放映なんかは、超能力的なものに分類される。あれはいわゆる〈あなたの頭の中に、直接語りかけています〉的なアレなのだ。ファンタジー世界によくある治癒などももちろんあって、それは精霊的なものに分類されるのだが……この世界のそれはお話やゲームの中のそれのように万能というわけではない。
 俺は魔術師ではないので魔法については学校で習った程度の知識しかないのだが、怪我や病気を治したい場合、結果だけを言うと、傷病者が元から有している治癒能力を活性化することで完治をさせるらしい。なので先天的なものであるとか、もう治りようがない状態にまでなっているものはどうにもできないのだとか。だからもちろん、死んだものを生き返らせることは出来ない。
 また自然界の法則などを大幅に逸脱することもできないそうで、なので無から有は生み出せないし、AをAダッシュやBくらいには出来てもYに作り変えるなんてことも出来ない。――というわけで俺が初デビュー時に起こしたアレは、魔法では起こし得ない現象なのである。アレは、紛うことなく〈奇跡〉なのだ。

 話を元に戻すが、あのデビューのあと、その奇跡をひと目見たいということで、噂を聞きつけた人々がたくさん集まってきてくれた。それはとてもありがたいことなのだが、伝えたい〈想い〉よりも副産物が先行して注目されていることが、正直残念でならなかった。もちろんこれは神より賜った大切なスキルなので、これを活かさない手というのはない。しかしながら、やはり一番は伝えたい(・・・・)のだ。
 伝えたいことを満足に伝えられず、物珍しさだけでしか人が集まってこないというのは、ひとえに俺の技量が足りないからである。――そう思い、俺はパフォーマンスを磨くことに注力した。集中しすぎて寝食も忘れてしまっていたのだが、その期間、ざっと四十日ほどである。

 気がつけば異性とのお付き合いもせぬまま三十路を超えていた今世と違い、前世ではそこそこ女性と交際をしていた。そのお付き合いのあったうちのひとりが、いわゆるダイエッターというやつだった。彼女は流行りのダイエットは一通り試している猛者だったのだが、その強者が断食ダイエットを行っているときにこう言っていた。――「断食は脳感覚の鋭さが増して、ひらめき力なんかもあがるらしいのよ」と。
 それをふと思い出した俺は、何となく試してみることにした。そうしたらどうだろう、たしかにひらめき力が上がってキラッと光るネタがいくつも思い浮かんだのだ。そうなってくると、もっといいものを練り上げたいとの思いから集中力が増す。いいものが出来て、さらに集中して取り組む。空腹極まっているはずにもかかわらず、ダンスパフォーマンスの見直しにも手を出してしまう。体が軽くてキレッキレに踊れてしまうので、調子に乗ってさらに集中する。……そのループにはまり込み、気がつけば四十日経っていたというわけである。いやはや、よく倒れなかったな、俺。さすがは神の子なだけあるな、普通なら死んでるぞ。

 人気(ひとけ)のない岩穴に引きこもって四十日が経ち、パフォーマンスの作り込み具合にも手応えを感じ「新たな福音が出来上がった」と喜んだ俺は、久方振りの食事にありつこうと街へと繰り出すことにした。荷物をまとめて出かける準備をしていると、ズカズカと誰かがこちらに近づいてくる足音がした。


「おうおうおう。おどれかい、ワテらのシマの岩穴に勝手に住み着いて踊り狂ってるロン毛のイケメンおっさんっちゅうのんは」
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